名列車列伝特集 14-01「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急01」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」となりますが、本日から対九州特急の新ジャンルを築いた列車が、今回のタイトルとなります。
DSC00348.JPG
(Kt1641F)さて、今回の列車は、どなたになるのでしょうか…。
イメージ 2
(Hs1208F)私も、気になります。本人に登場していただきましょうか。ということで、「名列車列伝特集」は「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急」ということで、本日の主役は、特急「あかつき」です。さて、本日のゲストなんですが…。
44系客車マイテ49型展望客車.png
(マイテ49型)ということで、お待たせしました。私からお話を始めます。実は、関西方面から山陽などを結ぶ列車が誕生したのは、ざっと、遡ること100年前にさかのぼります。実は、この列車が、「あかつき」の原点となっていくのですが、この列車自体を運行したのが、日本初の寝台車を運行した山陽鉄道です。実は、この山陽鉄道は、日本初が多くなっております。例えば、最初の食堂車を連結したことも、最初の急行列車を運転したことも、この鉄道の功績といえます。さて、その最初の急行は、明治27年の官鉄京都駅と広島駅の間を結ぶ列車からスタート、所要時間は11時間かかっていたのですが、その後のスピードアップで、山陽鉄道の下関駅までが全線開業となった明治34年に、所要時間を短縮して13時間で京都駅と下関駅を結びました。一方で、夜行列車は明治31年に大阪駅始発列車として誕生し、防府駅までを結びましたが、明治34年に下関駅まで延長され、12時間30分ほどで、関西対下関を結ぶ路線として活躍しておりました。
DSC00348.JPG
(Kt1641F)しかし、いろいろと関西に対して影響を及ぼしていたのですね。
44系客車マイテ49型展望客車.png
(マイテ49型)確かにその通りですね。私たちが運転していた路線の多くは、西側に向かうルートの需要が高かった時代で、急行列車が順次、山陽方面に投入されたのも事実ですし、山陽本線となった現在でも、需要は高く、新幹線がひっきりなしに行きかうルートであることに変わりはありませんから、さて、その話はともかく、夜光寝台列車としては大阪駅と下関駅を結ぶ列車が直接言いますと原型に近い形です。ただ、この形は、昭和に入ってからは、昭和17年に至って急行列車が再設定されたのですが、そのあとは、昭和20年台に入って、名称付きとして復活します。
(N)そういうことで、今回は、戦前のお話を少し、やってきたのですが次回は、戦後すぐのお話を次回から本格的に始めていきます。ということで、次回をお楽しみに。

<<<PREVIEW 13-22                        NEXT 14-02>>>

この記事へのコメント