名列車列伝特集 14-03「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急03」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の第3回です。今度は、「あかつき」の戦後編の本格的な、お話になります。実際には昭和30年代の関西対関東系統の列車について、それと、関西対九州の急行の昭和30年台のお話が絡んできます。
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(Kt1641F)ということは、二正面作戦ですよね。楽しみですね。
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(Hs1208F)それで、ということで、名列車列伝特集から「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急」の第3回です。それでは、EF58型さんには、東海道本線寝台及び昼行急行を、EF65型500番さんには、関西対九州急行のお話を担当させていただきます。それでは、よろしくお願いいたします。
EF58型電気機関車「あかつき」(一般機時代).png
(EF58型)さて、東海道本線急行列車は、戦前から重要路線として運行されておりましたが、戦後すぐの石炭など不足により、一旦消滅してしまったのですが、昭和23年に何とか復活しました。そして、寝台急行及び昼行急行の運転が頻繁に運転されておりました。電化の進捗状況が順調に進んでいたことから、昭和25年に誕生したのが、「銀河」となりましたが、同時に3本が誕生しておりました。さて、そのほかの名称は、「明星」、「彗星」でした。実は、この2列車も…実は、「あかつき」の僚友となる列車が、当初は対関西急行として運転をされていたわけです。そして、そこにもう一つ加わるのが、電車寝台特急として581・583系のあだ名として有名となる「月光」、さらに、中京と九州を結ぶ「金星」も同じく対関西圏を結ぶ急行として活躍を始めます。その中に「あかつき」が不定期として運転される急行として、昭和36年に運転されることになります。
EF65型電気機関車「あかつき」.png
(EF65型P)一方で、関西対九州急行では、「玄海」が昭和32年にいったん廃止されたのですが、翌年に復活運転を行うことになりました。そして、その昭和36年10月のダイヤ改正で、長崎本線全線を走行する急行として、運転することになりました。「玄海」と、大阪駅から出発する急行として、「平戸」が誕生しましたが、これが、後々の「あかつき」と関西圏から九州に行く列車は、鹿児島本線には「天草」、長崎本線が「玄海」、佐世保線が「平戸」となっておりました。しかし、関西対日豊本線に運転されている列車は、「天草」が誕生から3年後の昭和34年に誕生した「くにさき」がありました。そのほかに、大阪駅から出発する急行も誕生しており、昭和36年10月のダイヤ改正では、大阪駅から出発する熊本駅行に、「ひのくに」が誕生しており、さらに、大阪駅から博多駅を結ぶ不定期急行に「はやとも」が誕生するなど、活気を帯びてきたわけです。一方で、東海道本線には、不定期急行として「あかつき」が誕生しておりました。
EF58型電気機関車「あかつき」(一般機時代).png
(EF58型)さて、「あかつき」が新たに、対大阪間急行として任務に就いたのですが、昭和39年までの3年間しか活躍できませんでした。それはなぜかといいますと、実は、新幹線の建設が進んでいたことが影響しております。それが、東海道本線急行の衰退を意味しておりました。ということは、その3年間が東海道本線の輸送量のピークだったということになるわけです。
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(Kt1641F)ものすごい需要だったということですね。しかし、それが一瞬にして…新幹線ですか…(-_-;)。
EF58型電気機関車「あかつき」(一般機時代).png
(EF58型)実は、この新幹線こそが、彼らを変えていくのですが、それは次回のお話となります。また、大阪及び神戸駅行急行が、こういった形で、活躍できたのですが、しかし、「あかつき」の活躍がそれ以上に、活躍するのは東海道新幹線開業後となるわけですが、実は、新幹線が諸刃の剣となるわけです。
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(Hs1208F)ということは…。それでは次回のお話は、寝台特急「あかつき」の活躍をお話します。ということですが…。

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