名列車列伝特集 14-04「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急04」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「あかつき」編第4回ですが、寝台特急「あかつき」の誕生と活躍をお届けします。
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(Kt1641F)新幹線の誕生によって、東海道本線の急行たちの動向がどうなっていくのか、その点も注目していきます。
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(Hs1208F)では、新幹線の誕生とともに変化していくのですが、「あかつき」がどうなっていくのでしょうか。では、「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急」の第4回です。では、ゲストの皆さんよろしくお願いいたします。
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(EF58型)前回のお詫びをさせていただきます。あの後、私のコメントがしどろもどろになってしまいまして、申し訳ございません。それで、今回のお話は、寝台特急「あかつき」の登場と、初期の行先などの特徴についてお話していきます。まず、寝台特急「あかつき」ですが、実は長崎駅行ではなかったのですよ。
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(Kt1641F)えっ! どういうことですか?
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(EF65型P)それについては、私が説明いたします。寝台特急「あかつき」が誕生する直前に時間を巻き戻します。東海道新幹線開業によって、東海道本線を走る急行列車達が、寝台急行は「銀河」を残して、廃止することになってしまったわけです。しかし、特急「あかつき」が誕生するのが、それにはまだ1年のブランクがありました。どうしてなのかといいますと、新幹線の接続時間は20分から30分の接続時間を計算に入れていたことから、熊本駅行の特急「みずほ」(第4弾で紹介済み)が対応していくわけです。しかし、大阪駅で接続するのが深夜の0時となるので、対応できる時間に間に合わないという苦情が寄せられていたのです。そのため、寝台特急「あかつき」が誕生したの経緯はこういった事情が絡んでいたわけです。そして、その大阪側の牽引機に抜擢されたのが、私だったわけで、登場時に使用した客車が、20系客車となるわけです。ちなみに、電源車両を含めて15両編成です。その中には、1等寝台車が2両、食堂車、2等寝台車が11両という形です。そして、ダイヤは新大阪駅を午後6時30分発となっておりました。現在の鹿児島中央駅には午前10時33分に到着、長崎駅には午前7時49分に到着する設定となっておりました。
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(EF58型)しかし、急行「しろやま」と「ひのくに」が昭和39年のダイヤ改正時で、新大阪駅始発となっていたのを、「あかつき」の登場で、大阪駅始発に変更する形となっていくわけです。昭和40年10月1日、11月1日のダイヤ改正で誕生した「あかつき」は、寝台特急として、さらに関西対九州ブルトレの元祖として、運転を開始しました。登場時の牽引機は、新大阪駅から下関駅までがEF65型500番台Pで、「P」が英語表記の「passenger」の意味があります。そして、下関駅から門司駅までは、当時の主だったEF30型、門司駅から先の区間としては、熊本駅までがED72型かED73型が担当、ラストコースとなる熊本駅から鹿児島中央駅までと、途中鳥栖駅から分岐して長崎駅までは、当時の最新ディーゼル機関DD51型が、担当しておりました。実は、現在の鹿児島中央駅は当時は、「西鹿児島駅」と称しておりましたが、当時の鹿児島県のターミナルを結ぶとしたら、一番早いルートとして重宝されておりました。
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(EF65型P)それで、上りのダイヤは、午後10時に長崎駅、現在の鹿児島中央駅を午後7時45分に出た後、新大阪駅をお昼前の11時40分に到着するダイヤとなっておりました。実は、「名列車列伝特集 02-7「戦前、戦後と長距離の主役だったんだ。俺は! 戦後ブルトレ化03」」でも紹介していたのですが、寝台特急で使用されていた20系客車は、多くの種類が開発されていました。そのために、多くの車両が運用されていたのですが、この「あかつき」はオーソドックスな寝台で構成されていて、1等寝台がナロネ21型と呼ばれる開放型寝台で、2等寝台がナハネ21型とナハネフ23型、ナハネフ22型などで構成されるのですけど、登場当時は、現在の鹿児島中央駅に向かう編成の車端部が座席車両のナハフ21型となっており、長崎駅行編成が座席車両となるナハフ20型を改造されたナハネフ20型が使用されておりました。そして、昭和43年までとなるのです。
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(Kt1641F)それにしても、こんな歴史があったのかと思いましたが、「さくら」、もしかしたら「はやぶさ」もかかわっているのでは?
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(EF65型P)その通りですが、それがかかわるのは、昭和47年以降のお話です。この時には、新生時で向日町客車区単独の運用となっており、東京方面の特急との連携は、まだ行っていませんでした。実は、関西対九州寝台特急は、「あかつき」だけでなく、電車寝台特急と呼ばれるジャンルが確立されるゆかりある路線でもあるわけです。次回は、その電車寝台特急の元祖となる「月光」の誕生と、「あかつき」の増発のお話をしていきます。次回をお楽しみに。それでは。
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(Kt1641F)エンドコールありがとうございます。それと、ナレーターさんからお知らせがあるのですよね。
(N)ええ、明週の土曜日の2本目の記事についてですが、実は、その日の夜に、高松に撮影旅で行ってきますので、第2本目は明週日曜日に変更します。ということで、次回をお楽しみに。

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