名列車列伝特集 14-05「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急05」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の第14弾の第5回ですが、今回は九州寝台特急「あかつき」の誕生後の活躍をお話します。実は、寝台特急「あかつき」が誕生したのは、新幹線開業後からなんと1年後ですが、そのあとの活躍をお話します。
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(Kt1641F)ということで、「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急」の第4回です。よろしくお願いします。
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(EF65型P)さて、昭和39年に誕生した新大阪駅に新幹線が開業したことが、寝台特急「あかつき」の誕生に大きく関与しておりますが、新幹線開業当時は、新大阪駅と九州方面を結ぶ特急は、昼行特急が主役となりました。しかし、どうしても高度経済成長期の時期、実際に夜行列車は急行だけでした。ところが、実際に大阪駅に移動せざる負えない状態で、そこから大阪駅に乗っていく東京駅始発の熊本駅行寝台特急「みずほ」に接続させるダイヤが組まれておりました。しかし、それだと、深夜の接続になってしまうため、ゴールデンタイムに設定されている列車がなかったことから、ビジネスユーザーには、不評を買っておりました。そこで、国鉄が考えたのが、新大阪駅で新幹線に接続するダイヤを設定することを考えたのです。そして、昭和39年10月1日のダイヤ改正から1年、昭和40年10月1日のダイヤ改正で寝台特急「あかつき」が誕生したのですが、実際にビジネス客の需要に追い付かない状況でした。そこで、国鉄当局は寝台特急運転の計画をしておりました。実は、それと同時に昼行特急列車でも使用する車両が誕生させようと考えていたのです。
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(EF58型)実は、寝台特急「あかつき」が誕生した後、寝台特急増発が昭和43年まで増発が続きます。しかも、寝台列車と共通運用ができる
車両の製作を考えていたのです。そこで、誕生したのが「月光」型寝台電車特急車両581系電車でした。これは、制御車両などを含めて食堂車を除く11両がすべて寝台で構成される車両編成ができたわけです。それが、昭和42年10月1日のダイヤや改正でのことです。そして、その列車は、「あかつき」の続行での運転となりました。実は、この「月光」は、午後11時30分に新大阪駅を出て、博多駅には9時30分到着となっておりました。実際には全線電化区間ですので、かなりのスピードアップを行えるというわけです。実際に新大阪駅行は、新大阪駅到着時刻が午前6時前ですから、かなりスピードアップを意識しているわけです。まあ、これも面白いことになっていきます。
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(Hs1208F)どういうことですか?
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(EF65型P)寝台特急「あかつき」は、EF65型500番を新大阪駅から下関駅で、最高時速が95キロしか出せなくなってしまったのですが、ブレーキシステムを改造する工事が施されます。これは、電磁ブレーキと増圧ブレーキを装備したAREB方式と呼ばれるもので、これによって、最高時速が110キロに引き上げられるため、この方式に改造される車両が続出したのです。そして、昭和42年以降からの20系客車は、そのブレーキシステムを搭載した車両が登場していくわけです。そして、それが翌昭和43年10月のダイヤ改正に向けての車両が整ったのです。そして、新設したのが、鹿児島中央駅の増便と、長崎県内の佐世保市に向かう編成をつなげた列車が誕生したのです。それが、増備列車が「あかつき1・2号」が鹿児島中央駅と長崎駅行、「あかつき2・1号」が鹿児島中央駅と佐世保駅行となったわけです。さらに、この時に、特急列車の大量増発が行われており、ここで関東対関西急行として有名だった名列車「彗星」と「明星」が復活したのです。そのため、新大阪駅を出発する時間を見てみると、このようになったわけです。新大阪駅を夜一番に出発する「あかつき1号(下り)」が午後6時28分で鹿児島中央駅には、翌朝の9時35分、長崎駅には翌朝7時21分と当初のダイヤ設定からは1時間時間を知事めておりました。続いて1時間後に出発するのが「彗星」で午後7時28分発、この列車の行先は宮崎駅行、こちらは復活組で、編成は「あかつき」登場時と同じ、宮崎駅には午前10時31分に到着するダイヤが組まれておりました。東九州の大半は非電化区間で会った当時からしてみれば頑張っているほうです。同区間を走っていた急行「日南」の参考ダイヤですが、大阪駅を午後8時6分発で、「彗星」から34分後に出発し、宮崎駅には、午後2時30分到着のダイヤを組んでいましたので、4時間の時間差がついている計算となっております。その直後には電車寝台特急が続発するのですが、トップバッターは博多駅行の「月光1号(下り)」で午後7時28分発の「彗星」の10分後で、これは北部九州の接続に対応するためとされております。これで、博多駅は5時35分着となっているわけです。そのあとは、50分後に出発する熊本駅行「明星」号で、これも復活組です。新大阪駅を午後8時28分発とし、午前7時25分に熊本駅に到着するダイヤを組んでいました。そのあとに登場するのが、「あかつき2号(下り)」です。新大阪駅を午後8時28分発で、鹿児島中央駅と佐世保駅を行先とするわけで、鹿児島中央駅の到着がお昼の12時37分、佐世保駅到着が午前9時31分到着、さらに午後10時28分発の「月光2号(下り)」が新大阪駅の最後の始発列車となり、博多駅には午前7時50分着となっておりました。そのあとは、東京駅先発特急が続きますが、一番最後に新大阪駅を出ていくのは、日が改まった深夜の2時に到着する「金星」となるわけです。
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(EF58型)長々のセリフお疲れさん。ほい、水。
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(EF65型P)ありがとうございます。それでは、あとは先輩、よろしくお願いいたします。
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(EF58型)さて、お話が長引きますが、この復活組の「彗星」と「明星」、「金星」も急行列車からの復活組でしたが、実はこのうち2列車が、581系から変更した583系の使用車両となっていくのですが、しかし、寝台と昼行特急併用電車ではあったのですが、「彗星」と「明星」にも使用する車両は、個室がないという点が、大量輸送ができたわけです。さて、次回は昭和43年から、昭和47年までのお話をしていきます。実は、この4年もの間、多くのダイヤ改正が待っていたわけです。ということで次回をお楽しみに。それでは。

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