名列車列伝特集 14-06「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急06」

(N)えー、2回ほど休日出勤のため、記事が書けませんでした。皆様にはご迷惑をおかけいたしました。
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(Kt1641F)それは、仕方がないですね(-_-;)。ここから遅れを挽回する必要がありますね。
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(Hs1208F)では、話を始めましょう。「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急」の第6回をお送りいたします。
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(EF58型)さて、昭和43年ダイヤ改正で、大阪方面と九州方面の特急増発が行われていたのですが、実は寝台特急「あかつき」に「彗星」を中心として客車寝台特急を3往復、「月光」と「明星」を含めた電車寝台特急は3往復の計6往復体制でリスタートを行ったわけですが、高度経済成長期のこのころからしてみれば、まだまだ足りない状態でした。そこで、「明星」を増発する手続きをとったのです。これは、鹿児島本線の需要が高かったことによるものです。実は鹿児島中央駅まで、関西対九州路線の特急は多くが、熊本駅か福岡県の博多駅までで、鹿児島県に行くにはかなり遠いという声が多かったうえ、電化されていないことから、ディーゼル特急と客車寝台特急がメインという状態でした。それでも、東京発を含めて4往復しかありません。そのため、熊本駅、博多駅を経由していくルートが開設されていて、その関係で特急「有明」が誕生しているといった裏事情があるわけです。実際に昭和44年は、その翌年に迫った大阪万博と鹿児島本線の全線電化のダイヤ改正が待っており、その輸送力を考慮して、ダイヤ改正が翌年10月となっております。
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(EF65型P)実は、その鹿児島本線の起点の鹿児島中央駅と関西を結ぶ列車は、鹿児島本線の電化が完成したと同時に、増発する形で設定されていきます。それが電車寝台特急の「きりしま」という列車でした。もともと、「きりしま」という名前は、漢字名で「霧島」と書く東京駅先発の急行列車があり、東海道山陽本線を経由して、鹿児島中央駅までの区間を24時間をかけて走っていた列車です。この列車が、新たに京都駅から鹿児島中央駅まで走る列車として運転されることから、もともと走っていた列車を「桜島」号に変更して、運転を継続させました。これにより、関西対鹿児島県を結ぶ列車は東京駅発着の「はやぶさ」を含めると5往復に増えるのですが、鹿児島中央駅に向かう列車の本数が多くなるのは、新幹線の博多駅開業まで待つ必要がありました。
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(Kt1641F)一つ質問ですが、熊本駅から鹿児島中央駅までの区間が電化されたことによって、列車形態がどう変わっていったのですか?
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(EF65型P)実は、増発が行われたのが、昭和47年の山陽新幹線岡山駅開業のダイヤ改正からですが、実はその予備的な部分として、「彗星」の宮崎駅から都城駅までの区間が延長されています。そして、このダイヤ改正では、「明星」号の1往復が定期化し、実質上の2往復体制に変更。そのため、関西対熊本県の区間は、東京駅発着の「はやぶさ」と「みずほ」含め、合計9往復化されることとなり、さらに言いますと北部の重要拠点対福岡県を結ぶ列車は、13往復体制となっていました。
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(Hs1208F)すごいですね。在来線でこの数だとしたら、ものすごい量となりますよ。
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(EF58型)それは、その通りですが、「あかつき」の増発は、昭和47年から50年にかけてがものすごいことになりますから、ここで「すごに」といっていては、あとが持ちませんよ。
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(Kt1641F)どういうことですか?
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(EF65型P)実は、その直後となる改正が大きなカギを握っています。昭和46年はダイヤ改正が、結果的に行われず。翌年3月15日の山陽新幹線岡山開業ダイヤ改正での増発が行われることとなるのは、申し上げたのですが、この改正では当時としては最先端の寝台特急専用客車の14系が誕生していた時期でもあり、その車両がその年の3月から東京駅発着の3列車に導入されます。それが「さくら」、「みずほ」と「あさかぜ」の1往復ですが、その車両が「あかつき」に投入されるのは、少し時間がかかることになってしまい、半年後の10月となってしまいます。これが、「あかつき」の増発を後押しした原因ともいわれております。
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(EF58型)そういったことで、寝台特急「あかつき」の増発が行われたのが、昭和47年3月15日のダイヤ改正で、この時は、新大阪駅と熊本駅を結ぶ列車と、長崎駅への増発対応列車を連結させた列車が組まれておりました。実は、それ以上に変化が大きかったのは、その盟友たる電車寝台特急「明星」です。このダイヤ改正で2往復増発し、4往復として運転するわけです。これは訳がありまして、「月光」の運転区間の変更が大きくかかわってきます。実は、今までの特急は、行先で列車名を決めていたのですが、このダイヤ改正から列車の起点駅が変わらない列車を統合するという方針に変更したことがあります。これは、どの路線でも使用された方法で、これによって「月光」の起点が新大阪駅から岡山県の岡山駅に変更されると同時に、新大阪駅を発着する博多駅行の「月光」が、「明星」に吸収合併されたうえで、1往復が熊本駅行となり、もう1往復が京都駅先発列車となって、博多駅行の「明星」として運転します。実は、このダイヤ改正での「明星」のダイヤは少し変則的で、京都駅先発の博多駅行の「明星3号(下り)」に対応するのが、博多駅発の新大阪駅行の「明星1号(上り)」となり、逆に新大阪駅発熊本駅行の「明星」で熊本駅にやってきた列車の一部、ここで推定するとしたら「明星2号(下り)」の折り返しが、「明星4号(上り)」ということになるかもしれませんが、この列車が、熊本駅始発の京都駅行となっておりました。
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(Kt1641F)本当に変則的だったのですね。それ以外にも、何かあったのですか?
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(EF65型P)それ以外にも「彗星」の方でも増発が行われ、大分駅で折り返しを行う列車が誕生しておりました。これが行われると同時に、客車の共通化も行われ、昭和47年のダイヤ改正で、運転を開始した「出雲」、「瀬戸」の特急格上げにも寄与しておりました。共通化を行うことで、効率化を達成させると同時に、ほかの車両の増発を手助けする意味では、画期的だったといっても過言ではないでしょう。
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(Hs1208F)すごかったのですね。新幹線岡山駅開業がなければ、こんな列車生まれなかったわけですよね。
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(EF65型P)それは、その通りですよ。ただ、牽引する私たちの負担も大きかったのは事実で、このころから、私EF65型Pに加えて、車両のデザインを一新させたEF65型PF、EF65型Fも牽引に加わる大車輪の活躍をしておりました。直流区間の顔というのは、昭和40年から長らく私がになっていたわけです。ということで、次回は、EF58型先輩の復帰に関しての事情と、昭和48年のダイヤ改正での第増発について、お話します。ということで、次回をお楽しみに。それでは。
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(Kt1641F)エンドコール、ありがとうございました。

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