近鉄特急で「天理臨」を見る 09

さて、本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から「近鉄特急で『天理臨』を見る」の第9回を話ですが、

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さて、鶴橋駅での撮影を続けているのですが、もうそろそろ帰宅の時間になるわけですが、それまで粘っていました。
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さて、9月初旬に最新鋭特急の名称が発表されたのは、ご存知だと思いますが、名前は「ひのとり」となりました。実は、近鉄特急は名称付きだったという話は前々から知られておりました。では、現在のように名称がなくなってしまったのは、どういうことなのか。それを今回解説していきます。
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近鉄特急の運転開始は、事実上は昭和7年からで、参宮急行電鉄線直通の列車として、運転を始めたことに起因しておりました。これは、当時の伊勢方面に向かうルートを、愛知県資本の「伊勢電鉄」と争っていたことで、大阪からの乗客を運ぶ最速達列車でもありました。
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しかし、戦中には運航を中止、その後、特急の運転再開しました。その時に登場するのは、その時の名称が「すずか」と「かつらぎ」という名称が使われることになります。主に大阪と三重県内にある山岳地帯を指していたわけです。そして、この列車は、大阪から伊勢中川駅を経由して、名古屋駅行を「すずか」とし、名古屋駅から伊勢中川駅を経由して大阪上本町駅行となるのを、「かつらぎ」という名称にしたわけです。これが、そもそもの始まりです。
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ところが、伊勢中川駅を経由する列車を中川駅どまりにしない上、宇治山田駅まで列車を運転させていきます。この時は、「すずか」と「かつらぎ」以外にも、有名な観光地として熱田神宮から「あつた」、さらに大阪上本町を意味する名称「なにわ」が昭和33年の時刻表で追加されており、花形座席特急としての地位の確立に貢献したのも事実といえます。
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それが変わったのは、いつかというと、先ほど紹介した昭和33年の翌年となる昭和34年以降で、当時の10100系が登場してからですが、それ以後は、特急と準特急という名称が変更したわけです。それ以後、昭和36年からは、伊勢中川駅でのスイッチバックができないようにした中川短絡線が完成してからという見方もできるかもしれません。
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ただ、むしろ新型車両の愛称は、それで消えたわけではなく、実際には残っていました。例えば、10100系ですが、これは、近鉄特急の看板列車である「ビスタカー2世」として、愛称は残っておりますので、特急の名称をわかりやすくしたというのが正しいかもしれません。
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その流れが60年近くも続きました…と思いきや、実は、その間にも一時期だけ、名称付きの特急が運転されていました。それが昭和45年の「大阪万博」時の大阪上本町駅ではなく、大阪難波駅発着と、名古屋駅発着の鳥羽駅で折り返してしまう甲特急です。この時に、近鉄は野球球団の名称にちなんで「パールズ」という名前を付けておりました。これは、現在大阪難波駅を午前9時25分に出る甲特急と同じ停車駅で、この列車も10100系「ビスタ2世」などが担当していることが多いわけです。
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しかし、その名称は短期間で終わってしまいましたが、式年遷宮の年に再び名称が復活したのは、
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平成15年の3月に登場した50000系「しまかぜ」が誕生することになったわけです。それから、
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今回の「ひのとり」と続くわけです。確かに、名称がつく列車名が特急が、ほかの鉄道では、行先より名称が優先されますが、実際に近鉄は、列車名では呼ばず、行先で運転をしていくというパターンとなっております。これは、系統本数が多いことから名称で呼ばず。行先で呼ぶということといった経緯があり、今も、この形を踏襲しております。
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それゆえ、名称付きという列車名が、いかに貴重なもので珍しいのか、そして、話題になることが分かるわけです。
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今のところ、新幹線と対抗する名阪特急では、乙特急のうち、主要停車駅の多くが三重県内に集中しているため、三重県内の乗客を取り込むうえで、PRするには効果的です。おそらく、在来特急もすべてではありませんが「ひのとり」に変更されることは明確で、現在の21000系の11編成を筆頭に、21020系の2編成を含めて13編成がありますが、そのうち21000系を丸ごと置き換えることになりそうなので、その11編成を一般特急に投入する上での改造を行い、玉突きで12200系スナックカーの残りの編成の一部を置き換えるということになりそうで、おそらく一部は2両編成の対応を兼ねて、中間車両を取り外すことも考えられます。
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まあ、そんなこんなで、次回の記事も鶴橋駅での撮影となります。次回の解説は、近鉄のもう一つの車両に関してのお話で、レジェンドとなりつつある8000系について、少し私の思い出話をお話します。
そういうことで、次回をお楽しみに。

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