名列車列伝特集 14-08「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急08」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「あかつき」編となりますが、第8回になります。
DSC00348.JPG
(Kt1641F)さて、今回は昭和49年と昭和50年のお話です。
DSC00004.JPG
(Hs1208F)それで、どうなっていくのかわからないですよね。では、「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急」の第8回です。
EF58型電気機関車「あかつき」(一般機時代{晩年}).png
(EF58型)さて、昭和49年のダイヤ改正では、更なる新型客車を導入するという形でないと、対九州旅客需要に対応できないということから、「あかつき」の最後の増発が行われることとなります。それもわずか1年で、一気に4往復を減便する事態に陥らされるわけですから、何とも複雑な心境でもありました。つまり、明日も知れないといった心境というとわかりやすいでしょうか、その「あかつき」の増発便は、新大阪駅と熊本駅を結ぶ列車にさっそく投入されると同時に、新大阪駅と宮崎駅を結ぶ列車「彗星」の増発を受けて、「彗星」系統の新型客車への置き換えが完了し、同時に、一部便が大分駅から宮崎駅に延長されるなど、宮崎への旅行需要が伸びることを予想しての増発が行われることとなったわけです。
DSC00348.JPG
(Kt1641F)しかし、こんな大掛かりな改正となると、少し勘繰るとしたら…、大きなイベントがあったからということなのでしょうか?
EF58型電気機関車「あかつき」(一般機時代{晩年}).png
(EF58型)これには理由があります。今まで、日豊本線の電化区間は、大分県の幸崎駅までだったのですが、昭和49年に宮崎県の南宮崎駅まで伸びてきたことが背景にあります。現在では、南九州の地域を支えるターミナルとして機能しておりますが、この当時は、宮崎駅がメインターミナルでしたので、こちらで対応していたというわけです。さらに言いますと、この改正で新大阪駅と熊本駅を結ぶ「明星」号の一部が、季節列車に格下げしていく状況でした。ここで、九州特急の客車での面を見てみますと、「あかつき」のパターンと割り当ては、次の通りになります。20系客車で使用しているのが「あかつき1(下り)/7(上り)号」、続いては14系客車を使用しているのは、分割併結を必要となる「あかつき2(下り)・5(下り)・7(下り)・3(上り)・5(上り)・6(上り)号」で「あかつき5(下り)・3(上り)号」は、「彗星3(下り)・2(上り)号」と併結する異種名称併結列車であったわけです。そして、24系24型を使用するのは、「あかつき」では「4号(下り)・(上り)」で、「彗星」の数は多く、「1(下り)・2(下り)・4(下り)・3(上り)・4(上り)・5(上り)号」の合計3列車でした。24系25型で運転しているのは、「あかつき」が「3(下り)・6(下り)・1(上り)・2(上り)号」が運転されていたのです。
DSC00004.JPG
(Hs1208F) それって、昭和50年までの1年の間ですよね。どうなったのですか?
EF58型電気機関車「あかつき」(一般機時代{晩年}).png
(EF58型)それが、ほんとうであって、1往復増発の後で、昭和50年のダイヤ改正が待っていたわけです。
DSC00348.JPG
(Kt1641F)ま、まさか…。
EF58型電気機関車「あかつき」(一般機時代{晩年}).png
(EF58型)そのダイヤ改正で、昼行特急が全廃されてしまった挙句、寝台特急の系統整理が行われたわけです。さて、どういう内容だったのか、それについてお話します。まず、路線ごとに列車の区分が変わりました。今までは電車特急と、客車特急で分けていたのですが、鹿児島中央駅を結ぶ、鹿児島本線系統を「明星」号に統一すると同時に、電車と客車列車を一体化します。それにより、陣容が大幅に変わり、「明星」号は電車特急が3往復、客車特急が4往復という状況で運転を行うことになります。
DSC00348.JPG
(Kt1641F)でも、路線ごとに分けたということは、その分、余剰な列車を削減したことにもつながりますよね。
EF58型電気機関車「あかつき」(一般機時代{晩年}).png
(EF58型)それは、その通りで、この「あかつき」も列車削減の対象となっておりました。併結列車を2本出すことになり、その相手が「明星」号となったこと、また、基本編成に「あかつき」を置いた列車が存在しておりました。それが、「あかつき3(下り)・2(上り)号」でしたが、それも「明星」号の併結運転で何とか乗り切っておりました。実は、「あかつき」の別の列車に、とんでもないからくりを持っている列車編成がありました。それは、電源装備をどこかで連結しないと運転できない構造となっておりました。それが、鳥栖駅で簡易電源車両を併結するという珍編成で会ったわけです。では、この車両はいったい何だったのかといいますと、20系客車の生き残りであるカニ22型で、番号改編でカニ25型を名乗っておりました。その車両を併結するのも「明星」号ですので、この形はかなり面白いといえます。さて、陣容は「あかつき1(下り)・1(上り)号」が、長崎駅及び佐世保駅と大阪駅を、「あかつき2(下り)・3(上り)号」が珍編成を生み出す長崎駅と新大阪駅を、「あかつき3(下り)・2(上り)号」が佐世保駅と新大阪駅を結ぶ便として活躍していきます。そして、「彗星」も2往復減便する事態となったのは、言うまでもなく、一気に衰退への道を歩むことになっていくのです。次回は、昭和51年のダイヤ改正と昭和53年のダイヤ改正を見ていきます。次回をお楽しみに。

<<<PREVIEW 14-07                      NEXT 14-09>>>

この記事へのコメント