名列車列伝特集 14-10「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急10」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「あかつき」編の第10回ですが、今回は10回ですが、昭和55年以降の話です。
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(Kt1641F)確か、昭和55年は、寝台特急が岐路に立ってしまった時代ということになりますね。そういえば、東京発の列車でも、「あさかぜ」編、「はくつる」編でも、お話したのですが、寝台特急の役割が変わろうとしている時代ですね。
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(Hs1208F)さて、そんな中で、「あかつき」たちは、どういう運命をたどっていくのでしょうか…、ということで、「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急」の第10回をお届けします。皆様、よろしくお願いいたします。
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(EF58型)それでですが、私が実質上特急運用から外れたのが、昭和55年のEF65型PF後半型が、下関運転区に入った時期で、この時期以後は、数が少なくなった急行列車の運用で、細々と運用をこなしておりました。しかし、ヘッドマークを取り付けるのは、彼らからとなっていきます。そして、その中で、長崎及び佐世保駅に向かう列車の需要が、新幹線運転の拡大で徐々に、真昼のルートでも可能となり、需要がどんどん減っていくのは、目に見るほど明らかとなりました。
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(EF65型PF)私に運用が変わって以降は、冬の時代となったのは事実です。実は、一番ひどかったのが鹿児島本線を走る「明星」号の衰退でした。昭和55年に4往復が運転されていた同列車ですが、昭和57年には1往復に激減と相成りました。どうしてこういうことが起きたのかといいますと、実は、あとで触れるのですが、「なは」の存在が「明星」の立場を危うくすることになります。実は、「なは」は改正のたびに、廃止という憂き目にあっているのですが、それと振り返る形で、「明星」号の運用時刻が当てはめられたため、そのしわ寄せが、「明星」号の衰退を招くという悪循環に陥っていたわけです。
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(Kt1641F)しかし、「なは」をその時点で廃止にしなかったのか、これが疑問になりますよね。
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(EF65型PF)確かに、それについての疑問は、確かにありますよね。実は、まだまだ新しい列車名だった「なは」は、「明星」とは異なり、成り立ちが大きく異なるわけですが、この列車が実は山陽特急の生き残りで、その灯を絶やさないという国鉄側の意思をあったわけです。さらに、そのうえで、寝台特急「明星」と「あかつき」を、併結する形になるとは…、この当時は、考えられなかったわけです。それで、「彗星」ですが、昭和55年に1往復を廃止して、2往復で運転しており、1往復は583系電車で運転しておりました。しかし、この編成は宮崎駅行として運行し、都城駅行が客車列車で運転していたというわけです。そして、「あかつき」たちに変革が起きるのは、昭和59年のダイヤ改正だったわけです。このダイヤ改正は、昭和62年の国鉄分割民営化を視野に入れていたダイヤだったことになります。その内容は次のようになります。実は、「あかつき」の一部は大阪駅発着でした。これを聞いた方は「大阪発着だったの?」と目を丸くされるのですが、実は、新幹線とのダイヤ接続が考慮できなかったわけで、このダイヤ改正で新幹線に接続するダイヤに改められたわけです。続いては、「明星」との併結列車の設定です。これは、「あかつき」の付属編成を佐世保駅行から、「明星」の行先、現在の鹿児島中央駅に変更。そして、翌年となるのですが、昭和60年のダイヤ改正で、筑豊本線を経由する列車が鹿児島本線経由に戻されるなど、長距離が寝台から新幹線にシフトするという内容のものになってしまったわけです。そして、このダイヤ改正で大きく変わったのが、「なは」です。実は、電車寝台特急から客車寝台に変更されます。そして、「彗星」にも変化があり、宮崎駅駅行を都城駅行に統合することとなり、これにより関西先発の電車寝台特急が消滅することとなったわけです。
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(Kt1641F)ということは、九州各方面の特急は、1往復ずつということになったわけですか?
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(EF65型PF)その通りで、これもさみしいことですが、翌年の昭和60年には鹿児島本線が「なは」のみ、長崎本線系統は「あかつき」、日豊本線系統は「彗星」に各1往復しかない状況となってしまったわけです。そして、特急「あかつき」の生き残りをかけた取り組みを開始したのです。この時に、その編成を引いていたのが私でしたが、まさかいろいろと改造車両が、送られることになろうとは…、この時は想像できていませんでした。ということで、次回のお話は、寝台特急「あかつき」の変貌を遂げる平成元年ごろをお話していきます。次回をお楽しみに。
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(Hs1208F)エンドコールありがとうございました。

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