名列車列伝特集 14-12「対九州特急の新ジャンルを築いた名特急12」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「あかつき」編の第12回ですね。
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(Kt1641F)あれれ、南大阪線の先輩から、あなたを見かけたという話ですよね。確か、例の「しまかぜ」氏と一緒ですか?
(N)えっ!!
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(Kt1641F)まさに、仲睦まじい姿を拝見させていただきました(にやにや)。
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(Hs1208F)何があったのかは、伏せておきますよ(にやにや)。
(N)そんなことは…(-_-;)。は、恥ずかしい…(*ノωノ)。ということで、始めます。では、ゲストの皆様方よろしくお願いします。
EF65型電気機関車1000番「あかつき(1985~2000s)」.png
(EF65型PF)さて、寝台特急「あかつき」が、いろいろとやっていたのに対して、ほかの特急「彗星」と「なは」も1往復で運転を継続しておりました。さて、寝台特急「あかつき」と同系列だった列車達は、いったいどうなったのかです。特急「あかつき」などの臨時列車が、急行列車として、運転されていたのですが…、寝台特急として運転しようとしていたのですが、しかし、需要が低下し続けていたわけです。実は、この形は航空機が台頭しており、さらに、高速バスと対抗してきたわけです。そのために、新幹線を増発させることで需要回復に奮戦しておりました。そのため、寝台特急「あかつき」の取り巻く環境は徐々に悪くなっていきました。実際に、関西地区と九州間の輸送状況は悪くなっている状況にありました。そのため、平成6(1994)年関西国際空港の開港で、JR西日本は南海電鉄と協力する形で、且つライバルとして、関空輸送で着実に国際旅客アクセスの向上を目指す一方、国内旅客需要では、航空機とガチンコ対決となる「のぞみ」で対抗します。しかも、航空輸送争奪戦争は、その後大変なことになっていきます。
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(Kt1641F)ただ、新型車両を投入できなかったのですよね。しかし、これだけが原因というわけではないですよね。
EF65型電気機関車1000番「あかつき(1985~2000s)」.png
(EF65型PF)その通りです。実は、寝台特急「あかつき」ですが、この後にとんでもない大地震が私たちを襲います。平成7年1月17日の「阪神淡路大震災」です。そのため、山陽本線の起点となる列車は、神戸線がやられたわけです。そのため、福知山線から和田山駅を経由した迂回列車を運転します。それが「あかつき81・82号」、「なは81・82号」の運転となるわけです。実は、平成6年にいったん戻りますが、実は「あかつき」を担当していた急行列車は、列車とともに廃止となりました。実は、この翌年に20系客車が引退します。実は、私も牽引したことがあるのですが、その雄姿は今でも忘れることはできません。
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(Hs1208F)一つ質問ですが、そのあと、代わりとなる車両は作られたのでしょうか?
EF65型電気機関車1000番「あかつき(1985~2000s)」.png
(EF65型PF)それがそうでもなくて、実際に、車両を作るメリットがなくなってきたのが事実でした。その証拠として、平成年間に新造される寝台特急専用車両はE26系が最初で最後になります。実際に人々は、寝台を必要としなくなってきている状態に追い込まれてきていたのです。それは、平成から続く、「失われた20年」の残した影響とみるべきかもしれません。その中で、個室寝台化を進める特急にも影響を与えていきますが、その中で、効率化を狙って電車化を進めていた「出雲3・2号」、「瀬戸」の変更車両を検討していたJR西日本は、新たに285系電車の開発を検討しておりました。そして、その余った車両を「あかつき」などの列車グレードアップ化に生かそうとしたのです。そのため、シングルデラックスと、ソロとデュエットを含んだ車両を編成に追加したのが、平成10年のことです。この年から、レガートシート車両と、シングルデラックス、ソロ・デュエットに、さらにカルテットを含んだ編成を長崎駅行とし、ソロ単体を含めた編成を佐世保駅行とした「あかつき」は、運転を継続していきますが、わずか2年後の平成12年に至るまで編成は維持されたのですが、付属編成がとんでもない行先とともに、ある列車の名前で「併結運転」を復活させてしまうことになるのです。ということで、次回は、「あかつき」の終焉へのカウントダウンです。次回をお楽しみに。
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