名列車列伝特集 15-05 「九州男児の本懐ここにあり! 九州の幹線を結ぶ特急 05」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「有明」編の第6回をお届けします。今回から「有明」と「かいもん」の話がメインとなります。
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(Kt1641F)さて、今回からは82系気動車さんが加わってくださったのですが…、3年でお役御免となるのですよね。
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(Hs1208F)今回のお話は、また「大阪万博」もかかわってくるのですよね。
(N)そうですね。今回のお話は、鹿児島本線の電化がかかわってきます。実は、この電化が九州特急に大きな意味を持たせるのですが、どういうことなのか、それについては、583系さんとキハ82型さんに出てきてもらいましょう。では、よろしくお願いいたします。
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(クハネ583型)さて、今回のお話ですが、昭和30年代から、電化工事の事業を開始した国鉄では、重要幹線を重点的に電化する形をとっておりました。それに選抜された路線は、次の4線です。一つは東北本線、これは先にある青函連絡航路があることからです。もう一つは、山陽本線で、こちらは東海道本線とともに、日本を支える重要幹線であることが理由でした。続いては、北陸本線でこちらは、信越本線及び、上越高崎線との接続を考慮しての路線として、電化が進められていたわけです。そして、その九州では、鹿児島本線がその白羽の矢が立ったわけです。実際には、九州の北側と南側をいち早く結ぶ必要がありました。それに、周辺都市の交通機関がまだ発達していなかった時代に、電化は待ったなしでした。では、鹿児島本線の北側についてはどうだったのかと申しますと、そこは先輩が詳しいのでお願いいたします。
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(キハ82型)それは、私がよく知っておりますね。昭和41年に鹿児島本線は、熊本駅まで電化しますが、熊本駅の南側の一つ先でにある南熊本駅まで電化させていたのですが、熊本駅より南側の電化工事がまだまだでした。そこで、その区間を走る
有明」は、ディーゼル車両である私こと82系を使いまして、運行を始めたわけです。しかし、私が抱えていた弱点は、私では非力なことから、需要に対しての供給力が低下していた点で、これを解決するため、3両増結して運転を継続させていました。しかし、輸送力にも限界が見え始めた昭和45年3月に大阪府の千里丘陵で行われたイベントが、私たちの運命を大きく変えようとしておりました。それが、「大阪万博」です。この万博は、大阪府内を走る私鉄に大きな影響を与えたことは、私たちもほかの仲間たちからうかがっていたのですが、お二方は、ご存じだったのですか?
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(Kt1641F)僕は、先輩から一通り話は聞いておりました。所属当初に8000系先輩の初期型から教わった話では、この年から大阪難波駅に、名阪特急と一部の阪伊特急が接続するようになり、ようやっと南海電鉄さんにお詫びを入れることができたといってましたよ。それに対して、南海電鉄さんは、あの時は仕方がなかった、気にしないでねといってくださったそうですが、それがどう関係するのですか?
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(キハ82型)実は、鹿児島本線の電化事業が軌道に乗るのは、この出来事がきっかけだったのですよ。実は、電化工事により特急「有明」を含めた九州特急が電車化されたのは、この年の10月です。実は同時に、夜行列車の面も大きく変化していきます。それは、「あかつき」編でもお話したのですが、実は、ここにも「月光」と同じ現象が起きることになります。ただ、今度は「有明」が、その主人公となっていくわけです。
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(Kth1104F)それって、どういうことですか?
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(キハ82型)実は、関西から初めて鹿児島中央駅に乗り入れた列車が、のちの寝台特急「なは」の前身となる寝台特急「きりしま」で、その間合いとなる運用こそ、「有明」だったわけです。この「有明」の鹿児島中央駅始発列車に博多駅発着を追加して、博多駅行を往復する運用につき、門司港駅から、鹿児島中央駅までの区間を走る列車を2往復化して、運転することになったのです。その2年後には、山陽新幹線の新大阪駅と岡山駅との間に、山陽新幹線が部分開業したことに伴い、「つばめ」が岡山駅始発列車として運転を開始したこともあって、運用できる列車として、その一部を583系を「つばめ」を補う列車として、「有明」が選ばれたのです。
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(Hs1208F)やはり、メンバーとして選ばれた列車だったわけですね。
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(クハネ583型)その通りです。しかし、これ以外にも485系電車も「なは」として、鹿児島中央駅に乗り入れることになりました。しかし、「有明」のダイヤは3往復のままとし、使用車両は583系電車を使用したままとして、運転を継続していました。しかし、昭和47年3月からのダイヤ改正では、それだけでなく、夜光寝台特急列車も牽引機関車もディーゼルではなく、ED76型を使用した通し運転も行われており、往復数は、東京駅からやってくる「はやぶさ」を含めると、10往復ととしておりました。しかし、鹿児島中央駅にやってくる特急列車の数を考えると、長駆の「つばめ」は岡山駅からやってきていることもあり、かなりの長時間、座席で乗りとおす人もいましたが、接続を考え、夜行列車の定員数を計算に入れると、増発するには在来線のキャパシティが限界に達するのは目に見えているわけで、それが、山陽新幹線の博多駅開業に結び付くわけです。それが、「有明」の運命を大きく変えることになります。それが、何かはお楽しみに。

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