名列車列伝特集 15-06 「九州男児の本懐ここにあり! 九州の幹線を結ぶ特急 06」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「有明」編の第6回です。しかし、今回のお話は、3年後の昭和45年に飛んでおります。その「有明」が、本格的に活躍を開始するのが昭和50年に入ってからです。さて、今回は昭和47年から50年までの5年にわたる「有明」のお話です。
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(Kt1641F)それにしても、今回の話は、わずか5年での変化がどうなるのかですよね。
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(Hs1208F)そうですね。ということで、「九州男児の本懐ここにあり! 九州の幹線を結ぶ特急」の第6回をお届けします。ゲストの皆様よろしくお願いします。
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(クハネ583型)さて、私たちが「有明」の運用についたころ、昭和45年10月は「大阪万博」が終了したことに伴って、通常ダイヤに戻るかに見えたのですが、電化工事が完成した鹿児島本線は、特急列車の増発が行われておりました。登場当時は1往復だった「有明」ですが、この昭和45年3月ダイヤ改正で、朝昼夕の3往復に代わりました。実は、特急「有明」の3往復が、京都駅から鹿児島本線を走破して鹿児島中央駅にやってくる「きりしま」の折り返しの運用で運転するため、583系12両編成で運転しておりました。その直後のダイヤ改正となる昭和47年では、特急「有明」に加えて、岡山駅始発の鹿児島中央駅に向かう「つばめ」が3往復やってくることになり、鹿児島中央駅と門司港駅を、結ぶ鹿児島本線は賑やかになってきました。しかし、山陽新幹線が西に延びてきた関係から、本州からやってくる特急列車に485系電車も乗り入れてきておりました。その485系電車は、山陽本線の特急の主力として運用についており、その運用で485系電車が運用したくても、運用できませんでした。
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(Hs1208F)確か、「しおじ」編で、485系は確か、山陽本線特急で「つばめ」、「しおじ」、「みどり」、「なは」、「日向」とかで運用されているのですよね。しかし、583系も「しおじ」、「つばめ」で運転されていましたよね。
(クハネ583型)その通りですね。実は、寝台特急運用で長駆、関西地方から、九州まで来た車両が、折り返しとなった列車が、「有明」及び「つばめ」で九州管内を走るというのは、わずか3年の私と「つばめ」さんとの共演を果たしたわけです。ところが、昭和50年に山陽新幹線が博多駅まで伸びてきたため、「つばめ」の山陽本線内の区間を廃止する形で、「有明」に引き継ぐことになります。しかし、この「つばめ」との関係は、この後JR九州になった時も、この「つばめ」は関わってきます。それについては、この後の話でも触れますので、お話を続けます。
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(Kt1641F)しかし、「つばめ」が関わってきたわけですね。今後も、関わるわけですか…。
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(クハネ583型)そして、私たちは関西地方を出発する寝台特急で、運用した後で、お昼間では、昼行特急として運用するという形で、私たちが運転を使用することになります。583系はもともと寝台車両として活用できるよう、製作されておりましたので、その運用と併用する形で、使用されておりました。ところが、サービス面で少し遅れを取っておりました。そのため、乗り心地は制限されておりますので、私たちの運用ではサービスダウンは避けられないということで、485系電車の投入が行われることになります。実は、この車両だけではなく、国鉄は運賃改定により、サービスダウンが避けきれなくなっていました。そこで、国鉄は特急「有明」にテコ入れを図ることにします。それが、485系電車の「有明」の増発だったわけです。
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(クハ481型)そして、私たちが「有明」の運用につくのは、昭和50年以降となります。そして、私たちが登場したのですが、その話については後程、お届けします。ということで次回をお楽しみに。それでは。
(N)それでは、次回の2本目のお話でお会いいたしましょう。それでは。

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