名列車列伝特集 15-07 「九州男児の本懐ここにあり! 九州の幹線を結ぶ特急 07」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「有明」編の第7回になります。実は、昨日からの連続ですので、皆様よろしくお願いします。
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(Kt1641F)2日間連続は初めてではなかったような…。
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(Hs1208F)まあ、それはいいとしまして、昨日の記事では、昭和47年から3年間にわたってのお話をしたのですが、今回は昭和50年から60年までの10年間のお話をしていくというわけですね。
(N)そうなりますね。ということで「九州男児の本懐ここにあり! 九州の幹線を結ぶ特急」の第7回をお届けします。ゲストの皆様よろしくお願いします。
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(クハネ583型)さて、昭和50年のダイヤ改正以降、昭和60年までのお話となりますけど、実際には、昭和50年からの5年間と、昭和55年からの5年間で、立場が大きく変わってくるからです。今回は、その前半部である昭和50年から55年までについて扱います。昭和50年からのダイヤ改正からのお話をしていきます。昭和50年3月10日のダイヤ改正で山陽本線を走ってきたお昼間の特急は、全て新幹線にその役割を譲って、余った車両たちをやりくりしようとしておりました。実は、この大改正は全国に広がっておりました。しかし、九州では、主要駅と九州各地をつなぐために、往復数を増やしました。それは「有明」の往復数は、それまでは3往復でしたが、このダイヤ改正では7往復増発させ、10往復となりました。実は、同じ「にちりん」も2往復だったものが、6往復増やして、8往復に増加させたのです。どうして、こうなったのか…。「つばめ」の博多・熊本・鹿児島中央駅にそれぞれ乗り入れていた「つばめ」のうち、鹿児島中央駅には3往復しか乗り入れていかなかったわけですが、それが全廃されてしまい。どこから、そのうち1往復が、急行「かいもん」からの編入組以外は、新設した7往復と「つばめ」の鹿児島中央駅までの往復数は3往復、言ってしまえば、3往復は「つばめ」から引き継いだものと、考えるのが妥当です。ということは、あとの4往復は新設された列車であったわけですが、その7往復は食堂車を連結していたのにもかかわらず、営業休止を余儀なくされました。
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(クハ481型)これについては、関わっていた僕からも説明いたします。実は、485系電車が今回の運用についた昭和50年は、鉄道も大変革の時代となったのですが、高速道路網が発達してきたことがあり、実際に食堂車を営業しても、利益が上がらないということが判明し、さらに新幹線が伸びてきたとは裏腹な事態が起きておりました。それは、航空機路線の拡充がその理由でした。実際に東京国際空港と福岡国際空港を結ぶ航空便の強化、それにより食堂を利用する人の数が減ってきたことがあります。新幹線の運転の拡充が、航空業界を刺激し、それによって新幹線の運転拡充が広がるという、チキンレースの様相を呈してきたわけです。それゆえ、私たちの運営の大本は、新幹線が生命線となったわけです。
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(Kt1641F) そうなると、新幹線の増発が関係させるというと、それに関しても…。「はつかり」とか「いなほ」のことと同じですね。
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(クハ481型)そうですね。確かにその通りですね。実際に、昭和50年代から、社会的な風潮及び生活スタイルがゆとりをもって、行く時代に突入しますし、早くも電化を達成した鹿児島本線でも、もはや、特急列車の価値は、少しずつではあるものの、大衆に受け入れられるものに変わろうとしていました。しかし、同時に、路線網を拡大しようとしていた高速バスと、競争することになります。まあ、そういう関係で、10往復を、どの部分まで増やしていくかによって、九州各地に高速バス網の拡大と関係してきますので、その点も見ていただければ面白いと思います。それで、特急「有明」は7往復は、485系電車の車両ですが、当時は、グリーン車両系統2両、食堂車が1両を連結した車両を連結した形になっているのですが、ご承知の通り、食堂車は結局営業できずの状態で、運転しておりました。これは、全国的なものとなっていたわけです。
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(Hs1208F)一つ質問ですが、どうして、食堂車を連結する必要があったのですか?
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(クハネ583型)当時の485系電車は、食堂車をつなげておかないと、電気回路を制御するシステムがついていたのですが、その車両をかませてあげないと、12両編成は運転できないことになったわけです。これは、583系でもこの構造は同じで、グリーン車両に回路制御ができるようにしたタイプが登場するまでは、この形をとっておりました。それに、鹿児島中央駅まで走る「有明」の所要時間は、門司港駅始発で5時間はかかりますし、博多駅からでも4時間はかかっておりました。そして、翌年の昭和51年に九州のダイヤが再び大きく変わるのが、長崎・佐世保線の電化開業です。それにより、特急「有明」は「かもめ」、「みどり」という仲間を得ることになりました。その2年後の昭和53年のダイヤ改正では、ヘッドマークがイラスト入りに変更されました。そして、2年後の昭和55年10月のダイヤ改正では、さらに8往復の大増発を受けて18往復になりました。言ってしまうと、1時間に1本の割合で特急が入ってくるという計算になります。
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(Kt1641F)それって、うちの名阪特急の往復数と考え方と同じですね。こちらも、30分ヘッドでの運転となっておりますから、なんだかわかります。
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(クハ481型)きっかり発車が自慢ですから、まあ、そんな感じで、485系電車と583系電車がタッグを組んでいたわけですが、昭和54年に長距離列車としては、初めてのエンターテインメントサービスを打ち出すことになりました。名付けて「ビデオ上映」を行う車両が出てきたのです。それゆえ、「有明」の独自のサービス展開を始めようとしていたのですが、それについては次回の「8」のお話につながっていきます。ということで、次回をお楽しみに。それでは。

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