タイトル:「広州軍」北田一美 01

じっと見つめる智光の紅い瞳、それが、まるで引き込まれるような感覚を一美は覚えた。しかし、それを打ち消すように首を横に振って、一つ咳払いをしてから、
「では、私の…」
一言一句まで聞き洩らさないかのように、聞き耳を立てていた。一美は、その智光の行為に、声が上ずるほどの緊張感を感じ取った。
「もう少し、リラックスしないと…。」
と一息ついてから、
「私が、この事件についてどう思うかと考えると、先ほど述べたとおりです。つまり、多くの国民が、この時代は間違っていると叫び続けていると言う事です。それだけでなく、自分たちを苦しめてきたのだと思えます。だからこそ、彼らにとっては屈辱と言える状態を如何にするか、これが彼らを動かす原動力でありましょう。」
一息つけるために、言葉を選び、
「つまり、今のままではいけないという危機感が、彼らを動かしている事に他ならず、これを下手に押さえつけてしまうと、ますます、多くの場所に飛び火してもおかしくない状況です。故に、我々は今の状況が、革命への過程にすぎないと考えております。そして、その革命の考えの中心には、中華族が政治の主役になっていると言う所に集約されると考えております。」
それで、これをどう考えるかについては、それぞれ一人ひとりの自由ではないか、と一美は付けくわえた。智光は、確かに、自分たちの理論が合うのか合わぬのかは、それぞれの持っている思想の判断にゆだねられる。だから、智光自身の判断が、雲南州全体の判断ではないし、また、宗弘の判断が、雲南州全体の判断と言う事にもならない。要は、雲南州全体の行政長官が、同じ考え方を共有していると言う事になれば、それこそが、雲南州全体の意思、すなわち、雲南州の人々の意志である事につながると、一美は言いたかったのである。
「つまりは、あなたの言いたい事は、全ての人々に対して、どう言う風な考えを持っているのかそれについて、それが一致してこそ、国は動くと、そうお考えなのでしょうか?」
これは、一美も、同じ事を考えていた。
「私も同じ事を考えておりました。多くの人々が、動かしてこそ、国は動くと考えております。それより、国の考え方と、人々の考え方が合致していない時こそ、多くの民が立つ時だと考えておる。」
一美はそう考えていた。ただ、行動を起こした事が吉と出るのか、凶と出るのかは、微妙な所ではないだろうかと智光は考えていた。

そして、多くの武将が集まる会議に、再び呼ばれた智光に、一美は付いていく事にした。それは、一美にとっては貴重な経験であり、予想外な展開でもあった。
それを、どうこう考えようなどと言った気は、起こる事もない。なるようにしかならないと覚悟を決めて臨んだ。だからこそ、この事態をどう言った目で見ていくか、それを智光からお願いされた事に因るものだった。
「これで、あなたの忌憚な気意見が聞けます。」
智光は、珍しく笑顔を作って、うれしさを強調する。しかし、一美は、自分の意見が相手にどう伝わるのかを考え直していた。もし、実際に言ってしまうと、彼らに期待をさせてしまう言葉を残すかもしれない。
だから、慎重になっていた。会議室に通されたものの、その顔は見た事のない人たちばかりだった。確かにそれもそのはずで、多くの情報から、彼らの事は知っていたが、それと顔が一致していたわけではなかった。
だから、戸惑う人物もいたりして、その御仁は誰ぞと聞く者もいた。
「彼女は、北田一美さんと申すお方で、『北田商団』の代表として、商団を経営なされておられるそうです。」
そう言われて、恥ずかしくて顔から火が出かけた。
(いけない、いい恥さらしになっているぞ!)
しかし、このような事は初めてかもしれない。だが、一美は、この雰囲気にのみ込まれていなかった。一つ咳払いをして、会議を始めてくださいと合図をしてもらう事になった。
「今から、再び会議を開きますが、この後の雲南州を以下にするかだけでなく、益州の紅巾反乱に関しての事についても、議論を始めたいと思います。」
それが開始の合図で、ファーディナンドからは、
「『大波』の年貢率が高く、不平等だ。」
と怒りを表し、
「それだからと言って、彼らに対抗するにも兵力が足りない。それだけでなく、多くの人々が、同じ考えを持っているとは限らないし。」
と反論する人もいる。一美はなかなか発言をしない。とにかく議論を一から十までよく聞いて、分析していくのである。智光は、不安な顔をしていた。まるで、議論に参加する事がないかのように、影になりかけている一美に、彼女が本当に言おうとしているのだろうかと首をかしげた。
しかし、一美は、何を考えているのかとみていた時に、右手がゆっくりと挙がって行った。それに、つられて、議論していた人物たちが、彼女を凝視する。それを確認した一美は、
「確かに、今の状況から考えれば、彼らの反乱は、一過性の事件として幕を閉じるかもしれません。また兵力も少ない上、不公平な法律を押しつけられる状況は変わりませぬ。しかし、『大波』の命は、少しずつ擦り減らされており、数年後には、反乱が再び各地で起きる可能性は高くなると考えられます。ここで、一つ、考えねばならない事は、中華族が主人公となる政治を目指す事。これが共通認識になると考えるべきでしょう。それをもとに、民をどのように導くかによって、一過性に終わるか、それとも、継続したものに変わるかの2つの道を歩むものと考えられます。故に、それを考えるとなると、広、福、広西チワン、雲南の各州が連携し、多くの民を鼓舞することが必要です。ただ、今は、行動してはなりません。今行動を起こせば、我々は、一過性の反乱を起こした『紅巾』軍と同じ立場に変わってしまいます。」
一美の主張で、結論が出てしまった。議論していた人物たちは、あいた口がふさがらないまま、一美の姿を凝視していた。
「ま、まさか、時を稼ぎ、反乱を大きくして、それに伴って、政権を奪取せよと?」
1人の質問に、一美は、
「政権だけでなく、経済も変えようと言う考え方です。長い目で見れば、大波は時代の波に、勝てない体質になってしまいました。」
そこで言葉を切り、
「今から3000年前の『元』王朝末期の中国も、同じ事になっておりました。多くの中華民族が立ちあがった事も、同じ理由だと言えます。しかも、彼らは差別されていた民族ですから、彼らも同じ志を持っていたのだと私は考えております。」
一美はそう考えて、言ったのである。
「それは、そうだと言えますが…。」
智光は、飛躍しすぎたのではないかと、一美に促そうとしたが、宗弘が口を開き、
「北田一美さんのおっしゃられた事は、可能であると私は考えます。なぜなら、私も、今の政府は、国民目線からかけ離れていると感じてしまいます。今は、どこかを崩すと言う時期にあると、一美さんの考えにはあると思います。だからこそ、今は動かずじっとしておく事が重要と言えます。」
と一美の意見に同調した。
一美は、頷いていた。そして、宗弘も一つ頷き返していた。ファーディナンドも頷いている上、利宗も頷いている。多くの意識が、一つの方向に固まりつつあったのである。

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