タイトル:「広州軍」北田一美 10

それから、しばらくして、勇策たちの元に、2人の武将がやってきた。理由は、福州に関する防衛軍増援という使命を帯びたからである。その2人とは、幸と紀子の2人である。勇策は2人に、孫嬪と啓宗を紹介した。
「この2人は、私の腹心として、活躍してくれる人だが、君たちが加わってくれた事によって、広い知識を得られるかもしれない。私は、これから、広西に向かう事になるので、彼らに留守を任せていく。それで、この軍を君たちに任せておきたい。啓宗君にこれを任せて起きたい。」
と2人に言い、啓宗にそれに頷く、そして、
「これからもよろしくお願いします。啓宗と申します。」
そう言うと、2人はお辞儀をして、
「北田一美家臣、野武幸と申します。以後、お見知りおきを…、それから、こちらは高志紀子女史と申されるお方です。」
紀子は、深々とお辞儀をした。これから戦う同志たちは、福州を拠点に、防衛網を築こうとしていたのである。この時、一美が、この場所を拠点に、兵を起こす事になるとは、この時点では予想していなかった。
また、幸自身も、再び、この場所に戻ってくるとは思ってもいなかった。それよりも、まず、先にやるべき事が残っている。それは、『紅巾』軍の動向を探る事、それが今のやるべき事である。
「しかし、『紅巾』軍の軍師もなかなかですよ。我々の動きを読んで、うまく対応しています。それに…、我々の状況を読むのが、相手はうまいように見えてしまいます。」
孫嬪が地図を見て、呟くように紀子に話かけていた。相手の動きに敏感に反応しているのである。『紅巾』軍は、一体、何を目的に動いているのか、それが、全く見えてこない。
彼らが敵としているのは、どの軍隊なのか、まるではっきりしていない行動をとっていたのである。これでは、彼らの目的が分からないのだからどうしようもない。それに、その先に何を標的としているのかもはっきりしない。
「厄介ですね、これは、我々でも読みづらいですよ。」
と紀子も、眼を皿にして地図を見ていた。
勇策が顔を出して、広西に行くと告げる声が聞こえたものの、2人は、それが聞こえなかったかのように、集中している為、それを察して、その場を後にした。
孫嬪がその地図に目を通している中、1人の男性が、その側に歩いてきて、同じ地図を見ていた。
「軍師、『紅巾』軍の動きが、なかなか読めませんね。」
と口にして、地図を隅から隅まで見ていた。
「和久さん。良い所にきてくれました。」
と孫嬪は言って、すぐに、話を始めた。それは、これから、『紅巾』軍がいかに行動するかを現場から聞きたかったのである。
「僕も、そんなに頭が回る事はないので、見通しは立てられないですよ。」
とはにかみながらも、言うしかなかった。おそらく、誰にも『紅巾』軍の行動は読みにくいのである。トリッキーな行動に出る者も、そうでないものも、『紅巾』軍としてひとくくりにされてしまうのが問題だからであった。
「それでは、いくつかに分類してみてはどうですか?」
と高志が、提案を持ちかけた。情報の分類は、彼らの中にそれぞれのグループがいる事を、表す記号にもなるからである。
「おそらく、強硬派と穏健派、中道派と階かったものがあると思います。その情報を把握する事で、彼らの行動が分かると考えられるのです。」
確かに、彼の言うとおりである。問題は、それをどう見分けるのか、と言う事である。
「彼らを見分けるのには、文章のやり取りが必要かと存じます。大体、文章記録全部を当たって行けば、彼らの考え方が分かってくるはずですよ。だから、それを手がかかりにするのが良いかと存じます。」
確かに高志の考え方も悪くはない。それを実行できる人数を動員して、やってみるなら効果はある。と言う事は、
「どのグループに対処するかが分かってくると言うわけですね。」
と、紀子が相槌を打っていた。

その頃であるが、チベットでは一美が、チベット国王に面会する事になっていた。だが、待たされる時間が長く、あやしさを感じ取っていた。
(どう言う事だ。客人を待たせると言う事は、何か重大な問題が起こったと考えられる。どうしてなのかは分からないが、これは、彼らにとってみれば、死活問題にもなりかねない為に、もしかすると、私を拘束する可能性もある。)
それは、事実である。だからと言って、相手を待たせておいてから、危険性が高まったとして殺害すると言うケースも考えられなくもない。
一美は、鳥かごの中にいる鳥、まな板の上の鯉そのものだ。
(それにしても、遅い。一体何をやっているのだ?)
待つ時間が1時間を超えてしまった。これでは、ただ待たせているだけで、失礼と言っても過言ではない。それに、約束の時間をとっくに過ぎているので、それにしびれを切らしていた。
「お茶でも飲もうか。」
と口にした。その所に、チベット王がやってきたのである。
「遅くなりまして、申し訳ない。実は重要な法案の手続きがありまして、それで、その法案の承認を取る為に、私の元にきていたと言う事ですから、急いでいたと言う事です。それで、わけを聞きますと、『大波』とイランイスラム帝国との国交を停止すると言う事です。」
一美は、おどろくあまり、声が出なくなっていた。国交の停止、いや、国交断絶である。
「それでは、国交を断絶し、その上で、独自の路線を歩むと言う事でしょうか?」
と一美の質問が飛ぶ、確かにそうだろう。
「そう言う事です。私も、彼らの言い分を聞き、考えを改めました。何が、このチベットにとって大切なのか、それを考える絶好の機会となっており、私も、同じ事を考えており、何が国にとって大事なのかが見えてきました。その為には、今まで宗教と政治を同一視してきた国家とは縁を切り、新たな国家の立ち上げに期待したいのです。その為には、その主役が中華民族でないといけないのです。」
それは、一美にとっても同じ考えであった。
「確かに、私たちの考え方も、似たもので、中華民族が政治の主役に出ないと、この関係は修復できません。10世紀から300年間も続いた斉王朝も、そう言った事で、チベットとの関係を重要視していた事を思い起こします。」
一美が、相槌を打つように、考えを述べた。
「そうです。だから、あなたがその中心となるべきなのです。そして、多くの地域にある不満を本国政府に、ぶちまけて、そして対応を見極めるべきです!」
と強く主張したのである。励ましと言ってもいいし、彼の願いと言ってもよかった。
一美も、その考えを理解して、その話に合わせたのである。だから、チベット国王もそれに理解を示していた。
「それより、君たちには、これからの、中華を支えていただきたい。それだけではなく、中華族の長として、人々を支えて言ってください。それが、私からの願いです。」
と拝み倒される形となった。つまり、国家としてはだが、個人的な意見としても、中華帝国の復活を望んでいたのであり、それは、多くの非イスラム教国の願いでもあった。当然のことながら、地理的にも近い東南アジア、中央アジアなどもその事を、願う国家が多かったのである。
一美は、思わぬ事を言われて、身が引き締まる思いがした。
「それでは、私も、チベット国王に出会えたことを感謝したいと考えております。それと同時に、どう言った方向に進むのかを、お教えいただければ幸いかと存じまする。」
とお礼と、お願いの言葉を述べていた。

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