タイトル:「広州軍」北田一美 15

樋賦琿上皇陛下が、北田一美と会ったと言う知らせは、『大波』国民のみならず、『大波』政府関係者や、現在皇帝の地位にある樋賦元の元にも届き、衝撃を与えた。それは、上皇は上皇自身の支持している賦元等の朝廷とは異なって、中華民族の勃興を目的とする一美の考えに同調し、接触したのは良くないと批判が出されていた事に起因する。特に、イスラム系にとっては、理解しがたい行為で、一美と会ったのは、反乱軍を助けるためだとか、根も葉もないうわさすら出る始末だった。
しかし、『大波』国民の受け止める印象は良かったとはいえ、その行動をどう説明するか、不明確であると言った指摘も一部であったらしく、上皇と言う肩書すら放棄したのはなぜなのか、それすらも、賦琿の口から説明する事はなかった。
ただ、今の時点では、まだ時期ではないという判断があったからだろうか、一美は、
「もうすべての肩書は外れておりますので、そんなに、例を尽さなくても…。」
と言う、賦軍の言葉が、非常に気になっていた。もし、賦軍の統治下で、問題が起きていたとするなら、賦琿の弟である賦元と協力して、長続きさせる方法を探らねばならなかったのではないか。それが、賦軍にとっての役目だったのではないか、と考えたからである。
しかし、今までの情報を整理してみると、賦軍と賦元が共同で政治に当たったとしても、家臣の力が強い中にあって、賦元は強い『大波』の復活を求めている事から考えていくと、賦琿との意見の対立は目に見えている。だから、彼女が上皇の位を返上して、在野に転じたのは、ある意味で言えば正解だったのではないかと、一美は考えた。
また、賦軍が、一美が広州に帰還するに合わせて、同行したいと求めたのも、これが理由にあるのではないかと、一美は考えもした。
しかし、時代の波がどう流れるのか、まだ把握する上で、一美は、チベットにとどまり、経済界からの意見を聞きながら、報告書をまとめていたのである。それは、商団の代表としての役割だけでなく、これから将来起こる事態、つまり、反乱が起きて、『大波』国内が混乱した時に、どう言う方向に、この中華と言う地域を持っていくのかと言う指針にするための、報告書でもあった。実は、父親の武彦もそれを考えて、若いころに、チベットの政治経済の代表者と会っていたからだ。
さらに、今回は樋賦琿と言う皇族が、広州に来ると言うのである。一美は早速、武彦と穂積に文書を書き認める事にした。
〈緊急の用件に関する書状
この書状に関しては、緊急を要するものと伝えたく存じます。
ただいまチベットにて、重要人物と接触し、その話を聞いており、彼女は我商団の地域を見たいと言う事を伝え、その処理を受諾する可きか迷っている段階にあります。
本人としては、外の世界を見たいという気持ちがあり、その事を尊重するべきと考えておりますが、他の人材から、反対意見があり、賛成と反対の両面で、板挟みの状態にあります。
重ねて申し上げますが、彼女は、今の肩書全てを外しております。それゆえ、私は、受け入れるべきだと考えております。
以上 認め申し候 一美〉
この要件を、2日後の8月6日に受け取った武彦は、彼女の考えを受け入れる事にした。それは、今までの時代にあらがった事をしている『紅巾』軍をどうするかのヒントを、樋賦琿が持っているのかもしれないと、考えていたからである。
そして、彼女の考えを受け入れて、新たな時代を築く人物を招いた方がよいと、考えていたのである。その返書として、次のように認めたのである。
〈緊急の用件の返書に関する書状
この一件に関しては、考え方こそ違い有れど、そなたの考えを重々承知いたす。
また、彼女は、先月から行方の知れない樋賦琿上皇陛下とお見受け致し、それにおいて、他から非難の声が上がる可能性は出てくるが、そなたの考えが、それであるなら、父は何ら批判出来ようか。
この書状は是非にも及ばず。実行致す事。
以上 認め致す 武彦〉
つまり、連れて来てもよいと判断を下したのである。また、穂積からは、
〈緊急の用件の返書に関する書状
姉上、そのような事は御座いません。私は、その人が如何なる考え方を持っているのかを、聞きたいのでございます。
是より、私は会議に出席しますが、その会議の中でも、これについて検討を重ねてみますので、どうか、安心してください。
以上 広西より認め申し候 穂積〉
と言ったような返事が来ていた。
その間の4日間に、一美は多くの家臣と意見交換をするために、彼らを集めた。
「確かに、賦琿上皇陛下の素質や、理解力は並々ならぬものがあります。しかし、彼女の決定に対して、よく思っている人物もいると思いますが、反対に悪く思っている人物がいる事も事実です。皇帝に数カ月しかいなかったとは言いましても、彼女は絶大な権力を持っていた事には間違いありません。受け入れるとなると、難しい選択を強いられるかもしれませぬ。」
と昭代が、懸念を示していた。
それに頷くのは、護衛をしている凛と茜だった。対して、クリフは、
「それは、誤解に基づくものです。何も彼女が、起こしたと言うのは、彼女にとってあまりにもかわいそうではないのでしょうか? 彼女にとっても、彼女が1人で決められない政治的な問題はいくつもあったと思います。」
優香もそれに頷いていた。
「確かに、クリフや昭代の意見も分からないと言う事ではありません。ただ、上皇陛下は、色々と強硬論を唱える家臣たちによって、追い出された可能性が高く、彼女は今の状態を、変える為になにをするのが良いのか、何をすれば得策なのかを、探しているのだと私は考えます。」
一美は、中間的な立場で樋賦琿の置かれた状況を、分析していた。それに、5人は理解を示した。
「故に、私は、賦琿上皇陛下を、広州に迎えようと考えています。それで、商団の構成員には、彼女の立場は、今までの『大波』の考え方とは違う事、そして、彼女の考え方は、むしろ、私達に近いと言う事を、お伝えください。」
と言って、5人に理解を求めた。
確かに、その事を理解して、賦軍と話し合う事が唯一の近道だと、6人は考えるに至ったのである。4日間の間に、このようなやり取りがなされていた。
そして、一美が全ての日程を終えたのは、8月9日になってからだった。賦琿を伴ってチベットから、雲南に戻り、広西で穂積と落ち合った後、広州に戻る事になった。
その別れ際に、チベット王ダライ・ラマ16世は、一美に、
「あなた方の考え方を聞かせていただきました。あなた方は、多くの人々の為に、何をするべきかを考えて言っているみたいですが、私たちも、あなたの考えを聞いて、『大波』に対する考え方が、変わってきたような感じがします。あなたは決して死んではなりませぬ。」
と一美を励ます言葉を、直接伝えた。それから、賦琿に対しては、
「賦琿上皇陛下、上皇陛下は、自らの肩書、役職を捨てて、この国の未来の為に、進む事を決意為されました。それは立派な事です。今までの過ちを糧にして、どうすれば、この国を良くできるか、改革か、戦乱か、それとも自国の滅亡を自分の手で渡すかは、私には分からない事でありますので、どう仕様もありませぬ。ですが、一美さんとあなたが手を組めば、この国に新たな『光』が見えてくると、私は考えております。ですから、一美さんを支えてください。そして、中華と、イスラム、チベット、さらには蒙古の仲を良く取り持つ事が、この後の国家にとって大変重要になると思われます。その点で、今の『大波』は失敗しています。それが今の状況を造ったと言うのですから、お二方に、期待をしております。」
と一美たちの手を握って、励ましていた。
一美と、賦軍は、その言葉を胸に刻みつけ、自分のできる事とは何かを考えようとしていた。

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