タイトル:「広州軍」北田一美 17

そんな中で、福州では、樋賦軍の加入で、多くの人が、その事を話題にしていた。それは、どうして、彼女が一美の陣営に加わったのか、信じられなかったのである。それは、『大波』の政府の重要な役職にあった人物が、なぜか、一美の所にいる理由が、分からないと言う事だった。
実は、これから、少しさかのぼり一美に会った時にまで戻らなければならない。実は、賦軍の話によると、
「これは、わたくし事かもしれませぬが、私が上皇に退き、さらに官位も返上したのは、自分自身の政治手腕が欠けていた事と、私は皇帝としてはふさわしくないと言う事が、私を追い詰めてしまったのかもしれません。」
と口にした。
ただ、それが全てではない。ここ近年、『大波』では、多くの家臣たちの発言権が強まっており、権限の強化された皇帝であっても、その承認を取り行ける上では、皇帝はもはや飾り物にしか過ぎなかった。
その為に、賦軍は弟に皇帝の位を譲り、上皇に退いて政治動向を見つめようとしたのである。だから、このような状況になった時も、彼女は自分から身を引いたのである。言ってみれば、このような状況になろうとしている事を、早くも予期していたかのようである。
つまり、自分に非がある事は事実であるとしても、今のようなやり方が通らないと、気付いていないと感じて、身を引いたのである。故に、このようなやり方を、非難する立場に立ったのかもしれない。だが、自分の責任も感じていないわけではないと、彼女は述べたのである。だから、賦軍が、志を持つ同志を求めていたのは理解できるのである。
だからこそ、一美の噂がいち早く耳に入るのは、ある意味でなり行きだった事に他ならない。一美も、賦軍の噂を耳にしており、自分の所にいつかは来るだろうと、予期していたのである。また、仲間に加わりたいと言い出したのにも、おそらく何かがあるのであろうと一美は感が込んでいた。
それにしても、一美は、賦軍を仲間に引き入れた。それにおいて、どのくらいの影響があるかも計算していた。当然の事ながら、朱蒙等からは反発が起きるのは明白であろう。そして、彼女を襲おうとする可能性も排除できない。それが、一美の恐れている事だった。しかし、当の朱蒙たちの反応は、一美の予想に反して、意外にも好意的に受け止めていると、武彦からメールが届いていた。
おそらく、彼らとて賦琿が、命令を下せる立場にいなかったという事を、知っていたからである。主に、反乱を収めようとしたのは、朝廷内で権力を高めようとしたアブドラ・アル・シラム・ムハンマドであり、彼が、『大波』を牛耳っているのであるから、賦琿に責めを負うと言うのは、筋違いであると言えた。ただ、間接的には関わっているので責めは免れないだろうと言う意見もあったことは確かである。それよりも、賦琿が上皇の位すらも返上した最大の理由は、このコリア大乱を平和的に解決できなかった事で、その責任を負って、彼女は、その位を返上したと言う事だったのである。
だからこそ、彼らはその事を、理解していたのかもしれない。それで、彼らの中には、その賦琿がコリアンの血筋も引いている事や、それから、文化面には理解を示している事から、多くの人に好感を持っていた。
それゆえ、彼女の心を理解している家臣も『大波』の中にはいた。その為に、その家臣たちも、一斉に辞表を提出して、役人の緊急募集が相次いだのである。
だが、彼らは定職には就かず、各地を放浪して、現状を記録し始めたのだから、記録したものを政府に突きつけたら、政府自体を崩壊させる一端にもなりかねないと言える。
また、『紅巾』軍の手に渡れば、これを用いて、兵力を集めるのに悪用されやすい。また、その事を利用して、政府の主要官僚を追い落とす事も可能だろうと、言った見方もできる。それらも含めて考えると、賦琿の離脱は、『大波』政府にとっては、強烈な打撃では済まされない甚大な影響を与えるものに変わっていた。

福州では、その後、一美たちの考えが伝わると、これに賛同する意見が多く寄せられた。小泉武司もその一人だし、野武幸も歓迎する意見であり、高志紀子も賛同している一人であった。反対意見は少数派に近かった。
と言っても、少し、危うい空気に変わると考えていたのが、小寺啓宗であった。確かに賦琿を受け入れたのは正解かもしれない。しかし、『大派』政府が、彼女を非難するのは明白で、下手したら、剣を交える事態になる事は考えられる。また、それだけではなく、彼女がそれについて、どう受け入れるのか、それが気になる所であった。
「小寺様は、難しいような顔を為されておいでですね。」
日花里の声で、啓宗は日花里に目線を移した。どうも、考えに考えあぐねて、周りの状況が見えなかったらしい。
「申し訳ない。考え事をしていたようだ。」
しかし、その考え事が何かは、はっきり押しようとはしなかった。それより、市内の方では、1人の少女が、この情勢を興味本位で見ていた。少女の名前は源ちずる、一美と同い年の少女である。このあわただしさに、何が起きているのか、1人に聞いてみた。
「知らないのか? 防衛面を強化するために兵を増強する、と言う申し出があったからだ。」
何が起きたのかと、文句をつけられたようである。
「それでは、私たちにも、いずれは徴兵がかかるのですか?」
答えた男は、なんでそう言う事を聞くのかと言った顔をして、ちずるを睨んだ。しかし、彼らにはそれよりも大きな敵が、目の前にまで迫っていたのにも関わらず、ちずるは、それが、どう言う敵なのかが分からなかったのである。
確かに、今どう言う状況におかれているのかを、把握するのには、難しい状況にあった。例えば、この戦線に赴いている直胤も、北側の情報を事細かく、自分で集めているものの、その集めている情報が刻々と変わる中では、役に立たないと言うジレンマを抱えていた。
それに関して、啓宗は次のように考えていた。確実な情報を共有できるシステムの構築がなされていな為に、今の情報の不正確さに影響を及ぼしていると。これは、彼なりの意見かもしれないが、人を多く雇って、情報をかき集めていくと言う作業は、戦争はおろかどの職業であっても、必要なものと言えるだろう。
情報をおろそかにするものほど、勝機を失うと言う『孫子』の言葉が、ここで生きるのは明白だと、啓宗はそう感じ始めていた。それを感じていたのは、実はもう一人いて伊須磨射宗兼も同じ事を考えていたのである。
(もっと情報を集められる上に、組織化した諜報系列を造る必要性がある。)
こう感じていた彼は、すぐに前線となっている福州に向かう事を決断した。そこで野上宗朝に雲南での系統を託し、彼の部下である小田川雅夫と言う人物であった。彼は、伊須磨射宗兼から一美の元に派遣されていた人材の一人だった。隠密系には不得意だが、統率力の高さは他を抜くほどのものであるとされている。だからこそ、彼に任せる事が得策だと託したのである。
それを分かっていたのか、雅夫もその事を承諾して、留守を任せられたのである。すぐに福州に富んだ宗兼は、その足で、直胤が守衛していた前線基地に赴いた。まず、その前に、前線基地を確認して行くと言う作業があり、その作業から、どれだけの兵員と諜報員が必要となるのかを算出していく事になった。その前に、どこにどう言う兵力が存在するのかを、算出すると言う作業は、どう言った所に、守備兵力を充てていくかの目安にもなっており、それで、援軍をどこに向けるかが分かってくる。それでも重要な事である。
それだけでなく、北の情報を掴む為に、諜報組織の強化を急ぐ為に、現状を調べようとこの前線基地にきていたのである。

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