タイトル:「広州軍」北田一美 24

それを聞いて、一美たちは、やはりという顔をしていた。どうしてなのかは分かっていた。
それから遡る事6日前の8月14日、一美は濡須口から情報を集めていた。実は、重要な情報も入手していた。それは、濡須口の軍隊の一部が、『紅巾』軍に内通していたと言う事である。この情報を入手していた。それ以外に、内通者が多い事も分かってきたのである。だから、情報戦闘で敗北していた。だから、敗北を挽回できる要素が、全くなかったのである。
「それで、内通者たちを感知したようだが、それが出来ないまま、軍を進めた可能性があると言う事ですね。」
と昭代は、指摘していた。
「おそらくだが、『大波』軍の一部に偽情報を流す『紅巾』軍のスパイがいた可能性は高い。だから、その軍隊に関しての情報が、流れていたのか、それがまだ把握していなかったらしい。それゆえ、『紅巾』軍が何をするのかが分からないまま、まんまとしてやられると言う事になる。」
と一美は、その考えを述べていた。現実に、そうなったのである。その情報の収集から6日後、その結果が出たのである。一美は、
「あの事態から考えれば、彼らは大きなミスを犯していたと言う事にある。これによって、崩されたのは大きいと見なければならない。だから、『紅巾』は、ここを拠点に、勢力を南下させるだろう。だから、我々も、防御を怠らぬようにしなければならない。」
と部下たちを見渡して、述べていた。
「だから、我々は『紅巾』軍との戦闘に、移らなければならない、と言う事ですか?」
と穂積が質問をしたが、それを、樋賦琿は、
「いいえ、それは違います。まだ、そう言う展開で、話は進んでいるわけではありません。どちらを攻撃目標にするべきなのか難しくなったのだと述べたいのです。」
と言うしかなかった。
それが事実なら、どちらの勢力にも付く事が出来るように、状況の分析と把握などを行わなければならない。それに、濡須口は重要交通路が交わる一大拠点であり、その地域が分断されでもしたら、一美たちを含む商人たちは、打撃をこうむるのは、間違いないと言えるだろう。
一美以外の商団にも、同じ議論が沸き起こっていた。当然、勇策の率いる福州商団にも、その話は波及していた。
「濡須口が占領されたと言う事は、彼らは、どちらに方向に行ったとしても、我々との衝突は避けられそうにありません。」
と啓宗は、警戒感を示した。上海に『紅巾』軍が向かったとしても、福州に向かったとしても、高田商団の拠点がある為に、被害が出る事は否めなかった。なぜなら、『紅巾』軍の目標は、南下するか、東進するかのどれかに当たるからで、どちらを先に攻撃するのか、それが分からないとなれば、福州の防備を固めつつ、上海の商団拠点を閉鎖する措置もとらなければならない。
勇策たちは、難しい選択を迫られていた。その中で、軍師の孫嬪が、
「上海の商人たちには、帰還を促しておきました。それゆえ、滞りなく行われているはずです。福州に向かっておられると聞いております。それゆえ、大丈夫でしょう。」
と2人に、危惧を振り払うように声をかけていた。
それを聞いて、安心したような顔を2人はしていた。
「お二方とも、何を安心なさっているのですか? これから、どう言う事が起きようとしているのか、ご存知なのですか?」
と孫嬪は、2人を叱るように言うしかなかった。
それに、2人は、確かにと言う顔をしていた。まだ、どちらを攻めてくるのかが分からない。そこに、和久高志がやってきて、
「濡須口を取った後、『紅巾』軍は上海を攻めるとの情報が入ってきました。」
と口に出した。それに、3人は反応し、
「やはりか、上海を攻撃して、その勢いを持って、南方を攻めると言う事か…。」
と勇策は言って考え込む。確かに、上海コロニーを攻撃するとなると、そこにいる商人は大小総計で50000人、それに製造、物流に携わる人材まで総計すると、100倍、200倍に相当すると言われている。
周辺拠点は、杭州コロニー、寧波コロニーなどなど、都市は多く、周辺の拠点に商人集団を収容できるコロニーは、多い。
しかし、上海が敵の手に奪われれば、『大波』にとっては、広州を失って以降に大切にしていた拠点を、手放してしまう事になりかねない。それに、貿易収支の上では、この場所は、広州を上回る規模を誇っている為に、決して、手放してはならない場所でもあった。それを奪われれば、『大波』は貿易構造の立て直しを、迫られかねない状況に追い込まれると言うのである。
それに、中華族系商人はほとんどが、上海に拠点を持っていたのであるからして、一時的に占領されたら、たまったものではないと、商人たちは考えていたのである。
だから、上海が攻撃されるのは、少なくとも6日はかかると勇策は考えていた。濡須口を狙ったが、そこからすぐ近くにある馬鞍山地域、南京地域、上州、無錫、蘇州を経て、上海にたどりつくから、少なくとも6日、ないし、かかる場合として2倍か、3倍の日数がかかる。それを計算に入れないと、計画が立てられるとは思えない。
その軍師は、一体何をしているのか、『紅巾』軍の動きをにらみながら、孫嬪は、
「おそらく、10日、12日のどちらかに、上海を攻撃すると言う事も考えられますが、時間をかけると言う事も考えられます。」
彼らの考え方は、一体どこにあるのだろうかと思いつつも、勇策は、
「それ以上かかるかもしれない。故に、迎撃の準備はできるだろう。それが出来れば、彼らが、それ以上の事をやってくる、と考えるべきかもしれない。しかも、彼らは、何をするか、それについても、考えるべきかもしれない。」
と言うしかなかった。
それよりも、上海の方ではどう言った事が起きていたのだろうか。

上海では、濡須口の陥落を受けて、すぐに商人たちが、対策を話し合っていた。
「やはり、今後の上海市民を育てるためにも、ここは一時避難をする時だと、考えるべきではないのですか?」
それに何も、そこまでする必要はないと、言う者もいて、混乱の真っただ中にいたのであった。だが、対策は必要であったと言えるかもしれない。
「とりあえず、南方の周辺都市に避難する事が、今は重要でしょう。それをしないと、いざ攻められて、陥落すると言う事態に陥った時に、身動きが取れなくなります。それゆえ、今後の地域の発展の為にも、この場所を逃げることが肝心だと言えるでしょう。それで、ここは、主な都市を指定して、そこに避難させるのが上策と言えるでしょう。」
確かに、避難させる地域を分ける事も重要な点である。その点で、上海の周辺には大小さまざまな港町が存在しているから、その年の収容できる民の数は、大きさに比例して変動する。
それを、把握したうえで、避難させるのが最適だと言うしかなかった。杭州、紹興、寧波と数えればきりはないが、其の十数個の都市に、どれだけの民を収容させればよいのか、それを考えての仕分け作業が始まった。もちろん、『紅巾』軍の考え方は、如何に傷を付けずに、都市を奪うのかであるが、上海の商人たちは、その後の事まで読んで、行動していたのである。

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