なぜか無差別事件の多い世の中に…。

ここ最近、無差別テロ的な事件が多くなったのですが、5日前にも、広島の宇品で乗用車が暴走し、11人がけがをされ、1人が亡くなると言う事件が起きました。

どうして、こんな事件が起きるのか、そう思うのは私だけではないと思います。

容疑者は「だれでもよかった」と動機を述べたそうですが、これは、最近の事件に共通する特徴であると同時に、今の社会を映しているものだと思います。

それは何かと言うと、共同体としての社会のつながりの薄れが指摘されていると言う事です。戦後初期の昭和20年代~30年代、少なくとも40年代中ごろまでは、地域の人々とのつながりが、非常に濃かった時代でもありました。しかし、ニュータウンの建設等によって人々のつながりが、溶け出し始めてしまい。それに、核家族化が追い打ちをかけたのではないかと、考えてしまうのです。
その象徴は、15年前の「神戸児童連続殺傷事件」から始まったのではないか、それが、今や無差別殺人事件に発展したのではないかと、考えてしまいます。
おそらく、最近起きている事件と、15年前におきた事件などは、根がつながっているように思えてならないのです。

パスカルのことばに、「人は考える葦」と言う言葉がありますが、我々は「考える」と言う事を忘れてしまっているのかもしれません。
人々とのつながり、それから、今後の社会の在り方を、もう一度、昭和の40年代のころに戻さないと、今後もこの手の事件は続くかもしれません。

それから、亡くなった方には、この場を借りて冥福を祈るとともに、容疑者には罪を償い。自分の犯した事が、如何に社会に対して、大きな影響を与えているのかを自覚していただく事を願うばかりです。

もう、こんな、事件を起こさない社会を作らないと、この国が南アフリカのようになっていく、これは見たくないです!!!!!!!

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