タイトル:「広州軍」北田一美 27

さて、誰が、この時点で次のような事を予想したのだろうか、一美はこの後、国家を造る為に先頭に立って、戦うのであるから、この時の一美の考え方が、どう言ったものであったのか、それがはっきりしていたはずである。しかし、この時点で、一美の残した資料には、次のような事が書かれている。
その記述は、次のようなものだった。
〈8月21日 
この日、私は、国家の事について、今まで以上に話し合った。だが、国家を造る上で、重要なのは国家を造る人々の意識の差であろう。それが、今、浸透しているのかどうかは、分からない所であろうだからと言って、実際それが、どこまで、人々の意識が育つのか、それも未知数である。しかし、中華族は、いまだかつてない危機に立たされている。なぜなら、『大波』が再び、我々と共に、立ち上がるのは、そう遠い話ではないかもしれない。それゆえ、私はこの状況をどのように好転させるか、と言う事にとらわれず。これから先の、展望を如何に予想するかを主眼に置いて、この状況を見守る事にしたい。〉
こう書いている為に、あやふやな考え方でしかないが、一美が会議を行った次の日の日記には、
〈8月23日 
今までの制度から考えてみると、『大波』は制度に宗教観を鮮明に出し過ぎている。それは、どの地域においても、通用しない法律であり、これらを変える必要はある。この時代の流れに反している者は多く、まず、人々の平等を訴えるべきである。古の頃、旧日本国憲法には、如何なる差別もしないと言う事が、盛り込まれており、「法の下での平等」をうたっていた。だが、今の法律は、それに反したものが多い事、それから、固定観念から発生する差別がものを言っているのだと考えられる。これらを廃止し、新たに、平等な制度を造り直す事が必要である。それから、政治体制に関しては、立憲君主制の制度をとる事が、必要不可欠であり、『大波』は立憲君主制ではなく、絶対王制を敷いていると言わざるを得ない。だからこそ、この国を、帰る時が来ているのだと思う。それが、私の今の考えであり、多くの者たちも、それを理解してくれている。ただ、問題は、ヨーロッパの法律を元に、どれだけ自分たちの、法律を造るかにかかっている。〉
このように変わった。実際は、ヨーロッパ諸国の法律に触れたからこそ、書く事が出来たのかもしれない。しかし、一美は、この日記でもふれたとおり、独自の法律、憲法を作るのか、ここが問題となっていたのである。
そこで、何度も会議が開かれていた。1つは、諸法律の勉強を行っていた。それは、大変重要な問題であり、憲法の経緯を探ってみると、『大波』の憲法は、意外な事に、中華民族の手に因って、書き起こされていた事が分かったのである。これは、一美たちにとっては、驚きを通り越して、初代皇帝アリー・ムハンマドの寛大さに、恐れ入ったとしか言いようがなかった。
「しかし、見事なものだ。初代皇帝アリー・ムハンマドの寛容さは、憲法の制定にも大きく影響していたとは、初代皇帝が今の状況を見たら、何を言うのだろうか?」
と一美は、ため息を混じらせ、嘆くしかなかった。
その法律文ときたら、中華族の考え方を隅々まで浸透させたものが多かったのである。
「これは、我々の想像を超えたほどですが、この法律を元にすると言うのも、良いかもしれません。」
と兼人が進言した。それは、必要かもしれない。ある意味で、彼らの憲法も生かす事はできるかもしれない。
「いや、この憲法をベースにするだけでなく、それ以外のヨーロッパの諸憲法からも参考となる哲学を探さねばならない。これからの国を造る為に、我々は憲法を勉強していかねばならないが、多くの国に因り国家形成の経緯は異なり、それ以外に諸民族に配慮した形が取られていると考えたほうがよい。それを、我々は考えていかねばならない。」
と一美は答えた。つまり一つものにこだわらず、多くの知識を吸収する事が、今の時代には必要である。一美の考え方だったのであるが、それは、兼人達にも浸透していた。
「それは、事実ですが、多くの憲法を読む時間があるのかどうかは、少々難点がありますし、私たちの時間も限りと言うものがありますし、どうするかは、我々のスケジュール次第となると思えます。」
と一光が反論に近い言葉を言うのであった。
それもそのはずである。時間が、足りないのである。多くの商団員たちが、この作業に当たるには不可欠なのであり、彼らの数が不足しているのもまた隠しようのない事実であった。
「それより、困りましたね。この人員を集めるには、言語学者が数名、数十名必要となるでしょう。」
と金天寿が、ため息交じりに言うしかなかった。それもそのはず、英語で記載されている憲法は、わずかなものであり、それ以外の憲法は、非英語圏の言葉で使われているものが多いのである。
これでは、どうしても時間がかかりやすいのは目に見えている。一美は、政府内にいる官僚に、法令系に強い人物を招きたいとの手紙を州政府に、認める事を決めた。
〈拝啓
本日は州政府長官殿に、お願い申し出たい要件を認めるが為、筆をとり申し上げます。
私は、多くの家臣と共に、『大波』に変わる国家の法律案を、思案しているのであります。しかし、憲法の中身や憲法の仕組みに関しての知識が、それぞれの国によって異なっており、庶民の私たちの場合、解読できる言語が限られております。また、法律知識もあまり豊富ではございませんので、お力をお借りしたく、お願いに上がりました。
以上の点で、要請した機事は、法律に関する専門家を、2人ほど、招きたいと言う事です。お願い申しあげます。
恐々謹言  北田一美〉
一美は、その文書をクリフに託して、州政府事務所まで走らせた。

一方、福州にも一美の取り組みは伝わっていた。広西にも雲南にも、伝わっていたのである。その中で、雲南では、一美たちの行動を、一過性のものではないと考えていた。
「しかし、憲法に関しての協議も始めていたのですが、我々も何を考えて行かないと、いけないのかもしれませんね。次に、我々は何をするのかですね。我々も肩代わりするしかないのでしょうか?」
と利宗が、宗弘に聞く。宗弘は頷いて、
「確かにそうです。しかし、我々が直接、乗り込むわけにはいかない。そこで、一美殿の悩みは、専門知識を持った人材の不足と言うのがある。そこで、彼女たちを支援するのが良いのではないか?」
と答えた。つまり、一美たちが取り組んでいる事をやってみようと、考えるようになっていた。そこで、宗弘たちも書類を調べている一美たちを支援しようと動き出した。
まず、彼らが手を付けたのが、憲法に関連する書類に、目を通す人材を派遣する事だった。一美たちが抱えている人材の中に、原一光と言う人物がいると一美の口から、聞いていたのである。
それで、一美たちのいる広州に、数人の専門家を派遣すると言う手紙を認める事にした。
〈貴殿 お困りの所、文書にて失礼いたし申し上げる段、件の如し、貴殿の治める州において、一美殿から専門家の派遣要請が来ると聞き、その要請に答えたく候。以上。恐々謹言〉
こう認めて、3人の専門家を急きょ選抜し、広州に向かわせたのである。これにより、雲南州は、一美たちの考えに合わせる形で、『大波』と言う枠を無視し、自分たちの生きる道を探り始めた。
これは、彼らの人生にとってみれば、一歩にしか過ぎなかったのである。

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