タイトル:「広州軍」北田一美 30

それを受け取った一美は、すぐに返事を認める事にした。なぜなら、南昌にいる『紅巾』勢力の考え方が今までとは異なっていると言う点に注目していたからであった。返事は次のとおりである。
〈拝啓
軍師殿のおっしゃることは、私自身にも、あてはまる事であり、我々もこの考えに至っております。おそらくですが、彼らも、我々と同じように、今までの多くの考え方を吸収しつつ、それに至っての事を、考えていたと言えるのかもしれません。おそらく底辺では共通した考え方を持っていると考えられます。それゆえ、我々も、同じ考えを共有できると考えております。しかしながら、多くの団員たちから、アンケートを取った所、彼らの中には中華族としての自覚が芽生えていない人もいて、それの把握には、まだまだ、時間がかかると考えております。 敬具〉
それを認めて、返事を送り、その後すぐに、会議を開いた。
「今まで、アンケートを何度も何度もとってきたのだが、改めて、ここで問いに出しておきたい。多くの人々が求めているのは、何かだが…。」
と一美は、聞いてみた。
「まず、多くの人々の暮らしを見る事、それから稚拙な意見書から全てを聞くと言う事であると考えます。」
とネギが答えた。実は、ネギは、商団の中でマーケティング部の部署の団員となっていたのである。実は、そのマーケティング部は、多くの人々から、世の中を見聞きして、それを結果として残すもので、一番、こういった問題に答えを出しやすい組織であった。
一美は、そこにネギを抜擢し、一美たちと共に、この国のそれにおいて、一つの事をやろうとして、多くの人の意見を聞くには、外から中華を見る事の出来る色目人にしかできないと、一美が考えたからである。
それより、それに、多くの民が望んでいる事は、税制の公正に徴収すると言う事、信仰する宗教の自由化、そして、経済格差の是正のための政策の立案、最後は、政教の同一視する政策の撤廃と言うものだった。
彼らにとってみれば、イスラム教のみが、信仰する宗教であると言う法律を悪とみなし、それを何とかして変えなければならないと考えていたのである。その為に、一美たちは、今まで以上に資料を、詳しく解析する作業に追われていたのである。それは、自分たちの考える新しい国家をどのようにして考えるのか、それを占う上で、重要なものになっていた。
つまり、民の心を掴むことこそが、大切であり、それをどうするかに因って変わるのである。それをどうするのかで、議論は始まっていた。
「では、それで、我々が出来る事と言えるのは、この国家をどうするか、どのように変えていくのかです。」
と穂積が、続いて発言し、それに、
「我々は、多くの無理難題を『大波』から要請されて、これをしのいできました。しかし、そのほとんどは、彼らの欲望などに因って、政策を骨抜きにされた例も多く、多くの国民が、その事に反対しております。『史記』には『家貧しければ、良妻を想う』と言う言葉がございます。今や、財政に関しても、『大波』政府は火の車、政治は乱れに乱れており、勢力争いはとどまる所を知らないと言うありさまです。故に、我々が、その『大波』に変わる勢力とならなければなりません。」
と兼人は、強い口調で、一美にその事を述べていた。
この『史記』に書かれていた「家貧しければ、良妻を想う」と言うことわざは、国家が乱れている時代にふさわしい言葉かもしれない。なぜなら、制度をきちっと扱うだけでなく、部下などを統率管理できる人材が、乱れた世の中には必要だったのである。
確かにと頷き、
「兼人殿のおっしゃる事は最もと言えるでしょう。ただ、時を逸して、機が熟さぬうちに、事を為してしまっては、それが、窮地に追い込まれる事もあります。しかし、その機を逃してしまえば、それは、一生付きまとう事にもなりかねません。『史記』には『まさに断ずべくして断ずんば、反って乱を受く』と申します。また、『時は得難く、失いやすし』と言う言葉も忘れてはなりません。機会を見計らう事も大事かと存じます。」
と宗治が続く。それに、一美は、
「ただ、『争いは事の末なり』と言う言葉もあり、如何に『紅巾』と折合わせるかの努力がなければ、彼らも行動を改めないだろう。だから、彼らはその点についても、努力しておくべきではないだろうか、それがたとえ受け入れられないものだとしても、交渉する余地はあったと思う。」
と述べて、事焦ってはならないと忠告した。確かに、それは言える。交渉する余地はもうないのか、と言うしかなかったが、彼らは、それをやっていなかった。
つまり、戦ありと言う事である。
これに昭代は、
「しかし、今までの流れを見ましても、彼らは、戦いありきで動いていると言う事です。それが、私たちには気になる所です。おそらく、強い『大波』を目指しているのではないでしょうか?」
と昭代が、考えている事は分かる。その質問に一美は頷いた。
「確かに、おそらくだが、『大波』政府上海駐屯軍は徹底的に守りを固めてくる。それを『紅巾』軍は力で押してひかせた所を、攻めかかるかもしれない。」
一美は、そう答えるしかなかった。

その頃、福州では、綾音が意外な場所に立っていた。それは、勇策のいる商団、つまり、高田商団本部にいたのである。そんな中で、幼馴染は、どうしてここに来たのかを綾音から聞きたくなっていた。
「綾音は、個々に行こうと決めた時に、何を考えたのだい?」
反応する綾音は、
「私は、この国を変える為に、ここに来たので、いちいち、細かいことにはこだわっておりません。『史記』にも『大行は細謹を顧みず』とありますが、私も、巷で噂されております。北田一美様の考え方に共感できる。そんな気がしてならないのです。」
少々抽象的な言い方であるが、それが、綾音の考える事であった。
「つまり…。中華族を主役とした新しい政治体制を造ると言う事か…、それが君の考えだな。」
和泉楓と、もう一人、幼馴染の名前は相葉昴平と言う名前の人物だ。この3人は、ある人物を追って、この場所にいたのである。そのある人物とは、源ちずるであった。
その前に、この相葉昴平について書いておきたい。
相葉家は相葉昴治から始まる相葉本家と、相葉祐希から始まる相葉世家の二手に分かれていて、この昴平は、本家から出てきた系列に当たる。必ず昂がつくのは、その本家の系統に当たるからとされている。この相葉昴治も戦場では活躍した武将である。
しかし、この人物はどうして、福州にいるのかそれは、理由がある。それは、『大波』に敗れた軍を率いていた相葉家当主昴太であった。その為に、その息子である昴二郎は、平民に落とされて、自分のした事を、悔い改めるしかなかったのである。
それゆえ、彼が福州にいたのである。それで、『大波』に関して、いやな感情を持っているのである。だが、商人として高田商団にいる父親を持つ、彼にとっては始めてみる父親の職場だった。そこに、綾音と共に来ていたのである。実は綾音の父親も、小寺商団の商人として商いに従事していたのである。
だから、小寺と高田両商団に、2人の父親が商人として登録していたのだから、2人ともそれぞれの商団の会議をする事はよくあったから、この2人が、商団の門の前で、2人は、1人の女性を見つつ、張り込みしているかのように、佇んでいた。1人のおまけつきで…。

ちずる当人は、その情報を手に入れる為に、その商団に入っていた。しかし、2人の人物に肩を掴まれて、一瞬押し戻された。
「ん?」
ちずるは、その2人の肩に強い力がかかっている事に、気付いていた。振り返ると、見た事のある顔があった。
「お二方さん、どなた?」
と知らぬふりを見せただが、この2人が、誰かである事は分かっていた。
ちずるは、その2人に向きなおって、
「私が何をしようとしているのか、分かって止めに来たの?」
と言葉を吐いたのである。それに2人は頷いた。
「あなたの考えを聞きたかったのよ。どう言う考え方なのか。それについて、聞いてみたいの。」
ちずるは、2人をカフェに誘おうと、考えた。それに2人も頷いて、誘われた2人に、おいてけぼりになっていた楓が、後からついていくと言う格好になったのである。
そして、これが、この3人を変える大きなきっかけを与える事になったのである。

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