プロローグ 熊野古道中辺路にて

今がその時、女はそう心に決めていた。
「陛下、今がその時と存じます。」
傍らにいる女が、戦線状況のボードを見ながら「陛下」と呼ばれた女を見る。ここは宇宙の中華地域、南京とかいて「なんけい」と読む所から、その地域の特性が分かる。
南京市コロニー、これが「陛下」と呼ばれた女の治める土地、区域であった。この南京市コロニーを中心に広州、福州のコロニー群を勢力として収め、内陸部の慶州地域や、地球を含めた益州地域に勢力を伸ばした帝国の支配者となったのだ。
年齢は23歳、まだまだ未熟者だが、彼女にとっては成し遂げるべきことがあって、未熟者と叫ぶ声に耳を傾ける暇はなかった。もともと、23歳なのに未熟者らしからぬことを乗り越えてきた。16で、この国の行く末を考え始め、そして商団を率いる統率者として、反政府活動を始めた。商団の目を通して、一人の文化的な民族として、彼女は人々の声を聞いてきた。
今着実に、その声が時代を動かそうとしていると7年たって感じ始めた。敵軍は120万の大軍勢で長江流域に南下してきた。それに対して、彼女のひきいる軍は、その1割にも満たない10万ほどしかないのである。
しかも、それをどう展開するか…、傍らにいる女に聞くことになる。「陛下」と呼ぶ女の名は、北田一美、そして傍らにいる女の名は、ラフィ・エメラルディア・ソル・ライト・セイラ・ラフェリアと呼ぶ、このラフェリアは、軍師として一美を16の時からサポートしてきた。
「まず、敵は対岸から押し寄せるように来ます。」
となると、敵軍は、まるで鳥が羽を広げたように襲いかかる構造だ。それにまともにぶつかっても、勝ち目はないとすると、一美は、一人の人物を呼ぶことにした。
一人の黒髪の女、実は青の掛った髪をしているので、一美は少し青系を含んだ黒い髪をしており、ラフェリアは銀に近い金髪だから、見分けがつきやすいと言うところは、今は説明してよいところではない。
「一美様。何か相談事があるのでしょうか?」
呼ばれたのは、北部で同じく反政府活動をしているメナス・アマラという軍師である。
「この状況をどうするかだが、まず、矢の数は…?」
と一美が質問する。
「10万ほどが、届いております。」
ラフェリアから聞くと、
「それなら、どうしますかな?」
と一美がメナスに問いを投げかける。
「火攻めにしましょう。」
「!」
とラフェリアが声をあげてしまった。
「火攻めか? 風は?」
それは、次のことであった火攻めにするとした場合は南東の風が吹くかどうか…。
「吹くなら、明夜だと思います。」
いわば、宇宙の風の流れを読んで、予想したことである。
時がまさしく今、動こうとしている。
一美はそれを感じつつ、対岸の方向を見定めた。そこにいる敵、それは大波と呼ぶ異民族の国、それに対して、彼らの掲げた国は「明」、いつか中華を統一するため、その夢に女性は向かおうとしていた。

時は今から23年前のP.W.1594年に戻る。その前に、P.W.とは何かについて説明する必要性があり、少々、お付き合いいただきたい、宇宙世紀という時代が続いて700年目と言う時に、宇宙の惑星などに住みついた人類は、地球に住みつく人類と対立したことがある。それが、戦争となって人々を飲み込み、100億人ほどいた地球人口のうち戦闘に参加した40億人と宇宙コロニーなどの軍を含めた60億人が犠牲となった。これを「惑星間大戦」と呼び、人々の記憶に刻もうということで、「戦争の去った世紀」と言う意味でPast of Warをあてて、P.W.となったことに由来する。
それから、1594年目に、地球を含めた地域を中華地域と称するようになった。この中華地域とは、「世界の中心」と言う意味の、「中華」にならって付けられたもので、「惑星間大戦」以後、世界の中心としなければならないという人々の、願いが込められている。
その中にある地球は「惑星間大戦」以後、豊かな地域と言う意味を込めて、周辺の地域と統合させ「益州」と改称された。これがP.W.0020年のことであった。
その地域に日本と言う郡域があり、和歌山と言う県がある。そして、その場所は、南紀の熊野本宮大社まで伸びる古い道、益州地球部日本郡和歌山県田辺市中辺路町の「熊野古道」に、ひと組の夫婦が熊野本宮大社に向かって歩いていた。妻は、足取りが重く夫から遅れてしまう。それに気づく夫は、「大丈夫か!?」と声をかけて立ち止まるか、妻のほうに歩み寄っていく。
2人の名前は、夫が北田武彦、妻が北田小枝子で、小枝子はこの時、妊娠7カ月目に入ったところだった。
身重の体には応える旅である。しかし、そもそもこの歩くたびは小枝子の提案だった。それを言い出した彼女がどうしても行きたかった場所、それが、熊野本宮大社であった。それは、八咫烏の太陽神のご加護にすがりたいからだったのと同時に、熊野権現のご加護にもすがりたいからだった。
熊野古道を歩き、山中に入ると休息所が見えてくる。そこを「王子」と呼ぶことが多いが、なぜ「王子」と読むようになったのかは、増基(生没年不明)と言う平安朝の歌人が、参詣記に記事を載せたことが最初と言われている。
用途としては参詣途上で儀礼を行う場所出会ったとも言われている。これらは日本中世のころに役行者が開いた。実を言うと、本来は沿道住人の祀る雑多な在地の神々である諸社を王子と認定したのは、熊野参詣を主導する先達、つまり、修行者たちによって開拓されたとも言われている。
まあ、それがどうであれ二人はその近くにたどり着こうとしていた。
「あと少しだ。あと少しで近露王子につくぞ。頑張れ!」
近露王子は、益州地球部日本郡和歌山県田辺市中辺路町の中で中間点となっており、そこで、休息をして熊野本宮大社に向かう人が多いターミナル的な存在である。
そこまで、後は峠を越えて、下って行くだけだった。
周りは森が生い茂り、そこで鳥がさえずっている。その中を一人の女を背負っている。
「ありがとうございます。」
小枝子はそう言って、武彦の背中に身をゆだねた。
数分ぐらい、経っただろうか、近露王子に着くなり旅館を探す。逗留するにはそう言った旅館が必要となってくる。北田武彦は商団と呼ばれる商人集団を引っ張る長である。「北田商団」と呼んでいるが、その管轄の宿はない。
「まいったなぁ。宿がないのは、困ったなぁ。」
嘆くわけにはいかなかった。
実はこの場所に取引言ったこともなければ、旅行でお世話になったこともない。
知らないところに、知らない形で、入ってしまったのである。
そこに、一人の男が現れた。
「どうかしたのですか? おや、奥さん! 身重の体でどうするのです?」
確かに、注意されて当然である。
「宿を探したいのですが、近露王子の近くに宿はございますか?」
男は地元の農家であったようで、
「それでは、私の宿にお泊まりなさってください。」
と頭を下げていた。
武彦は考えた末、
「お願いします。」
と答えた。

すぐ近くにあった旅館。そこで男は、玄関を開けて…。
「ただ今、おとんかおかんはおらんか?」
男がそう言って、中を見回した。
しかし、誰がいるか…全く分からない。
「すいません。主がいないみたいです。申し訳ありません。」
それでも、その男は代わりに、
「私が、お客様をもてなしいたします。」
と言って、部屋の予約を調べて、示していた。実は男はその旅館の従業員だったのである。本日はたまたま、彼の所に仕事のシフトがたまたま入っていなかったのである。
それゆえ、予定外の労働が入ったのである。とはいえ、大切なお客様をもてなす心は、身についているようだ。
「すまないね。」
と武彦が従業員に話しかけると、従業員は笑顔で、
「いいえ、これもおもてなしですから。あ、奥様、直ぐ部屋を手配いたします。」
それゆえ、従業員はてきぱきと手続きを取っている。
「旦那様、あいている部屋は1階の『松葉の部屋』ですそこでよろしいでしょうか?」
と言われて、武彦は早速、荷物を持って、
「お願いします!」
と頭を下げた。
そのあと、直ぐに、荷物を『松葉の部屋』におき、その場で部屋に入る手続きをした。
「ありがとうございます。」
従業員は、直ぐに奥にある部屋に消えていった。
そこで落ち着こう、そう言ったことを言い聞かせて、武彦は身重の小枝子を支えながらも彼女を布団の敷いた部屋で、横にならせた。
「すみません。こんなことになって…。」
小枝子は申し訳なさそうに、言った。それは武彦にも、
「すまない。無理をさせて…。」
と会話をする。これから3か月、小枝子は横になって寝込むことになったのである。
もちろん理由は、おなかの中にいる子のことで、である。
この子が、3か月の間に成長していくのだろうと、小枝子は思っていた。

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