プロローグ 熊野古道中辺路にて2

それから、近露王子の旅館に泊りこみ2か月ほど待った。その間に、小枝子の腹部はまるでボールが入った状態になっていた。その間、武彦は地球で、商いを行う商人のもとを訪れた。
「旦那様。まだ、地球に?」
と聞かれて、顔を赤くした。
「あ、ああ、妻がおめでたで、療養しているのだ。」
とりあえず、顔に自然と笑みがこぼれる。しかし、地球での取引は、他の商団との駆け引きがある。
たとえば、商団の中で、同じ商品を出すとそれをめぐって、刃を交えてしまう場合もあれば、金額に関する協定を結ぶケースもある。たいていは後者のケースがほとんどであるが、前者というケースも一部にはある。
それ以外にも、
「政府の上納金が高くて大変です。今年は売り上げの半分を没収させられましたよ。」
と商人は苦い顔で言う、確かに大波では商業をするときに、上納金が高いことである。それによりイスラム系の商人を優遇するというが、単なる商人差別だと他国系の商人は口をそろえて抗議するのである。
「どこもかしこも、大変ですな。」
武彦が嘆くのも無理はない。しかも、その上納金はその年年によって、割合が変わるという、なんともいい加減なシステムだった。時には、売り上げの7割をよこせと言えば、4割と言われるケースも…。
そんな話は全くと言って無駄と、闇取引をする商人も増えてきたといわれている。百姓に関して言ってみれば、もっと深刻だった。
地税を現金で払うというシステムを応用しているが、この利息によって、家計がパンクさせられたという例もあったという。
それゆえ、悪徳地主が土地を安く買いたたき、値段を釣り上げて売るという「地上げ屋」のようなものも横行していた。
これで果たしていいのかと言う国民の嘆き等が、爆発して、反乱につながったが、それを政府は押さえてきた。しかし、反乱の燈火が消えたわけではなく、そのほかの勢力がまた反乱をおこすといういたちごっこがこの10年通して続いていたのである。
「それより、奥様は大丈夫なのですか?」
と商人に聞かれ、武彦は、
「もうそろそろ帰るよ。」
と言うと、店を後にして、宿に戻ったのである。
宿にはバスで向かうようにしている。もうそろそろ、店を山奥にも出さなければならないと武彦は考えていた。

その頃、小枝子は療養のため、布団の敷かれた六畳ぐらいの部屋で横になっていた。小枝子はゆっくり、眠りに就いた。今は、体調を管理する事が求められる。
その眠気から、夢を見がちになっていた。
(まただわ、またこんな夢を見る。)
それは、有る架空の動物が、小枝子の周りをぐるぐると回るのである。しかし、今日は違う、何かが違う。仙人みたいな男が出て来て、彼女の前に姿を現した。
「その腹の子は、そなたの子かな?」
何が何だか分からないまま、首を縦に少し頷く、
「そうか、中の子は女子だ。その子は龍を抱くだろう。そして、その弟も龍を抱くだろう。」
龍とは何か、小枝子にはそのような知識はない。
「なぜ、その子が龍を抱くと言うのですか?」
仙人みたいな男は次のように言った。
「龍は龍でも、黄色い龍だ。その龍をそなたの子は抱くと言う事だ。」
なんだか、仙人のような人の話が、真偽が疑わしい。
「なぜ、私の子が、黄色い龍を抱くと言うのですか?」
さらに仙人のような男は続ける。
「その子は王朝をたて、自らの国で人々を救う女王になるだろう。」
と仙人のような男は言った。でも、疑問が残る。
「それでは、私はおなかの中にいる子の弟も宿すと言う事ですか?」
と言うと、仙人のような男は頷く。
「あのぅ…」
と言いかけるも、その男は消えてしまったのである。

はっとして、気がつくと、寝汗をかいていた。
「何だったのかしら…。あれ?」
障子の格子戸、畳の部屋、『松葉』の部屋である。そこに、武彦が帰って来た。
「ただいま、どうしたの?」
小枝子の顔が青くなっており、そのまま、顔をゆっくり動かして、武彦の顔を見た。
「今、夢を見たの。」
と唇が震えるように言う小枝子に、そっと、唇を近付けた。小枝子の唇の震えが止まり、
「どんな、夢だったのかい?」
と質問をした。
「金の龍を抱く娘が生まれると、男の人が言ったの。」
と答える小枝子。しかし、何の事か…武彦は理解できなかった。
「つまり、自分の娘が、金の龍の娘?」
それは、聞いただけの感想で、
「そうではなくて、君主になると言う暗示らしいのよ。」
つまり、君主とは黄龍と言うものである。と言う事は、
「すなわち、娘は新しい王朝をたてると言う事か!」
となる。恐ろしい事を口にした武彦は、
「それが夢か…」
とつぶやくしかなかった。
実際、お告げに近いこの夢、それは、娘の波乱万丈な人生の始まりを意味していたのである。この娘が後々、国の皇。つまり、皇帝として成長すると言う事を表していたとは、親である2人には、想像のつかない事だったのである。
そして、これには尾ひれがつき、弟もまた皇帝になるという意味が含まれていたのである。
「そして、その弟も龍を抱くだろう。」
は上の言葉を言いあらわすものであった。

それから、1ヶ月、女の子の出産予定日が近づいていた。武彦は産湯を沸かすコンロで火加減の調整を行っていた。しかし、どうも気が晴れない。
娘は、一国の君主になると言う暗示の夢を妻が見た為か、どうも、そのような気持ちになった。これでは、娘の運命は決まったのも同然ではないかと。しかも、その相手が何か分からない。
ひょっとしたら、現在の支配国「大波」を敵に回すと言う事では…と考えた。それはあり得るだろう。
今、「大波」は華族(漢族とは異なり、中華地域にすむ人々を指す)にとって未来すらない。就職も、商業貿易も全てイスラムが優先されている。差別化にあるのだから、らちが明かない。
義賊となってさまようと言った人間もいる。それほど、経済などが混乱しているのだ。それだけではない。最近では天災続きで、食物に関しても、凶作や干ばつ、それから、コロニーでは、土地がやせてしまって、収穫量が減少するなんて事もある。
もし、娘がその反乱民を率いるとなると。有る人物の評価の言葉が重なる気がすると武彦は思った。それは、曹操を評したあの言葉だ。
「治世の能臣、乱世の奸雄」
この言葉に、娘が当てはまるのか…。そう考えもした。
シュンシュンと音がしているに気付いて、慌てて、コンロの火を消す。考えすぎかもしれない。
「大丈夫ですか旦那さん?」
従業員が心配そうに顔を見た。
「すまない、ぼーっとしているみたいだ。なんだか考えると、自分の娘は『新たな国を作る人物になる』と神から言われた。」
従業員はそれを聞いて、
「まさか、そんなことは…。」
と声をあげてしまう。確かにそうだろう。
「私もまさかとは思ったが、そうなるかもしれない。」
と難しい顔で武彦は答えを出す。そう、これは、彼らの成し遂げられない一大事業になるかもしれないと見ていたからだった。それが実現しようとは…、この時、武彦はそう思っていなかった。

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