65年前の戦争とその後の世界 ―世界シリーズもの2―

日本以外に、戦争で荒廃した国家がもう2カ国ほどある。一つが、現在のヨーロッパの主要メンバー国家のドイツ連邦である。

このドイツも、ナチス(第3帝国時代)が崩壊して以降、同じ民族でありながら、東西に引き裂かれていく。この中で東欧諸国と西欧諸国による対立、米ソの対立にヨーロッパは巻き込まれるのである。1950年代に入って、サー・ウィストン・レナード・スペンサー・チャーチルは、

「バルト海のシュテッティンからアドリア海のトリエステまでヨーロッパ大陸を横切る鉄のカーテンが降ろされた。中部ヨーロッパ及び東ヨーロッパの歴史ある首都は、すべてその向こうにある。」

と言う、「鉄のカーテン」宣言をしている。

この鉄のカーテンによって、東西が分けられる。

西欧は民主主義、東欧は社会主義に変わったのである。これが、「冷戦」の激動の中で、世界の主たるニュースの舞台になったのである。

それは置いとくとして、それから約40年後の平成元(1989)年、社会主義世界は民主化の流れをかぶってしまうのである。そして、それが、「ベルリンの壁崩壊」に始まる「冷戦の終結」そのものであったと言える。

その中で、ヨーロッパの人々が描いたのが、「一つのヨーロッパ」とも言える「EU」の構想である。それが始まって約40年が経過した現在、その「EU」に少しずつ経済的な亀裂が生じ始めているのが、今の状況そのものである。

ただ、ヨーロッパの中でも、東欧諸国は、東の旧ソ連の圧力を受けていたが、ときどき争いが起きていて、その中で有名なものが昭和43(1968)年の「プラハの春」だろう。それに、民族間の対立があるバルカン半島では、冷戦終結後の平成2(1990)年以降、武力衝突が頻繁して起きたという事例まで存在する。

まだまだ、「一つのヨーロッパ」を実現するのは難しいのかもしれない。

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