タイトル:『紅巾』軍との対決 23

そのまま、体の動かない蝶子を抱きとめていた。どうして、このような事をしたのかは分かっていた。彼女の仕事がどれほど、体力を消耗してまで体を酷使するのか、一美は分かっていた。
「一美様…。」
消え入るような声で、一美の体を離そうとしない。だから、一美も、温かく包むように蝶子を抱きしめていた。その温かさに、蝶子の瞼から流れ落ちた涙は、熱を持っていて、一美の体を伝った。
霞と絢音は、蝶子の耐えきれないその心を、しっかりと受け止めようとしたのである。
「あなたは、無理をしているのではないかなぁ。」
一美は、抱きしめている中で、蝶子の耳にそう囁いた。
「私の過去を、あなたは御存じでしょう。それだから、私の事には、構わないでくださいまし。私とて、自分の最初を奪われたのですよ。それに、一美様も何があったのか、ご存じのはずでしょう。」
確かに、小学生だった頃、一美が何を見たのかは分かっている。不景気などを理由に蝶子は売られた事を一美は知っていたのである。だから、一美は、その事にできるだけ触れないようにしていた。だから、一美の父である武彦に、援助を申し入れたのであるが、断られたと言う事もあった。それを知って、次の日に蝶子と会うと、
「気持ちは分かるけれど、援助を受けたくない。なぜなら、私は、自分の稼ぎで生きているの、だから、あなたは、これからの未来を考えてね。私は、自分から逃げたくないの。」
それからは、触れようとしなかった。だが、今の蝶子は、体を壊すかのように、酷使している。それが、一美の感じている事だった。
「確かに、それもそのはずだが、今の君は、心を追い込んでいるような、そう言った感じを受けてしまう。それだから、自分を追い込んでいるようにしか見えない。」
その事を聞いて、蝶子は、一美の言おうとしている事を、理解できた。
「だけど、私は…。」
声に詰まって、蝶子は泣きだしていた。そこに、1人の大人の女性が来ていた。名前は「雅太夫」、源氏名であるが、蝶子こと、「胡蝶」を可愛がっていたのである。
「一美様。」
と声をかけてきた。
「これは雅太夫殿ではござりませぬか。」
一美は、顔を太夫の方向に向けた。
「一美様、胡蝶を育ててきた者として、少し気になっている事を話したいのですが、彼女は、今まで以上に此体を酷使しているのです。兄は、盲目で何も見えません。その為に、彼は、ひたすら暗い所に、閉じ込めているみたいです。」
それに、と付け加えて、
「それに、あの子の体は、ぼろぼろで、心も引き裂かれないかと心配になりそうです。」
それに、一美は、思わず雅を見、その後で蝶子を見た。霞、絢音も、凛、茜も、雅の言葉に、耳を疑った。それでは、蝶子の体は悲鳴を上げているのか、
「実は、蝶子の体の特に、下半身部分はお客様を多く取るので、一美様が考えます通り、傷だらけです。我々にとっては『商品』であります花魁は、体が命です故、このままでは、お客様の要望に耐えられるか心配です。」
と雅太夫は述べた。
「それは、存じえなかった事です。それに無理しすぎが、原因で亡くなられた方もいらっしゃるとお聞きしましたが、本当でしょうか?」
と一美は、恐る恐る尋ねた。
「その場合は、前もって、この場を引き払って、お返しするのが決まりでございます。亡くなる方を出してはならないと、我々は頑張っておりますが、時たまこの類の一件が出るかもしれませぬ。」
と述べるしかない。さらに、雅太夫は、
「できれば、一美様にお力になって頂きたいのです。この胡蝶さんを支えていただきたいのです。お願い申しあげます。」
雅は、そう言って、一美に頭を下げた。一美は、
「できれば、私が、蝶子の面倒を見たいと思います。それでいかがでしょうか?」
と聞いてみた。
それに対して、雅太夫は、
「それはそうだと言ってもいいですが、彼女のプライドが、それを許さないと思いますので、無理かと存じます。」
と答えていた。さらに、蝶子も、
「あまり気を使わないでください。私とて、一美様に気を使わせてしまいますと、なんだか悪いような気がするのですし、それに一美様の負担にもなるかと思われます。故に、そう言う事を致すわけにはまいりません。」
と言ったのである。
それを言われて、一美は、うなだれていた。確かに、蝶子の言うとおりである。何をしているのだろうかと、そう言われた気がしたのである。それで、何を言われるのか、覚悟はしていた。
「私のこれまでを知ってくださいませんか?」
それを言われて、一美は、その目の前に、蝶子の傷だらけの体を見ていた。それが、美しかった時よりも、やや体のあざができており、その上、股間は赤くはれていた。
(こんな体で、よく、男の秘戯に耐えてきたものだ。これでは、彼女が何時亡くなってもおかしくない。)
無理しすぎて、彼女の体は、これ以上の能力を受け入れられないと言うほど、悪化していた。だから、一美は彼女に休息を与えてあげたいと思うしかなかった。だが、それが無理である事は分かっていた。
どうすれば、彼女を救いだせるのか、それを考えた時、ある女性の姿が、思い浮かんだ。そうだ、あの人に頼もう。と彼女が、頼んだ人物は、ラフェリアの事であった。
その顔が浮かび、一美は雅太夫に、
「少々の間ですが、『胡蝶』殿をお貸し願えないでしょうか?」
と尋ねた。その状況を見ていた雅太夫は、頷いて、
「何を為されるのか、お聞きしたいのもやまやまですが。」
と言葉を口にした。それに気付いた一美は、
「彼女の体を回復させる事の出来る人物に、心当たりがあります。故に、その人物の元に出向き直してもらうのです。」
と答え、霞、絢音、凛、茜と共に、ラフェリアの元に出向いた。
ラフェリアは、書籍を読んでおり、一美が来た事を知らなかった。
「軍師殿! 軍師殿!」
それに、ラフェリアが気付いて、扉を開けた。
「一美様、どうなされましたか?」
と一美の姿を見るなり、聞いてくる。
「実は、一つだけ頼みがあって、ここに来た。軍師殿なら知識があって、その部分に長けていると考えての事だ。」
一美は、蝶子の体を抱えたまま、部屋の中に入った。その後を、霞、絢音、凛、茜の順に続き、ラフェリアが戸を閉めて、外からは分からないように、部屋には結界を張っていた。
「それで、何が起きたのか、教えていただけませぬでしょうか?」
と聞く。
「実は、彼女に問題があるのだが…。」
と蝶子を見ていた。ラフェリアも見てみる。
「彼女の名前は蝶子と申すものだ。彼女は遊郭で苛酷なまでに、体を酷使しており、この通りぼろぼろだ。」
と言い、蝶子を一美の支えを借りて立たせ、着物を脱がせた。ラフェリアは、口が半開きになって、
「それで、その蝶子様の体力などを、回復させたいと言う事ですか。」
と要点を述べてみた。一美は頷いて、
「それで、如何なる事をすればよいか、聞きたくて、あなたにの元に来たのです。お願いします。」
と答えたのである。
確かに、彼女の体から考えれば、どうするのが得策なのかを分析した。そして、
「一つ方法があります。」
と答えた。その方法とは何か、一美はそれを求めるように、身を乗り出していた。

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