65年前の戦争とその後の世界 ―世界シリーズ3-

結局、日本は一体、65年間何をしてきたのかと、聞かれるかもしれない。実は、日本も国内の経済体制を整えるのに必死だった。
それと同時に、アジア諸国に対しては、賠償金の交渉を行って、その取り決めをしてきた。そして、昭和30(1955)年の神武景気で、本格的な高度経済成長に入ったと言える。

実は、私の父や母は、戦後生まれの中では、高度経済成長前夜または、高度経済成長の初期に生まれた世代となる。だからこそ、親(私から言わせれば祖父ないし、祖母)が形成した世代と言えるだろう。
それに、皆様の生まれた世代はそれぞれまちまちだが、この65年前の戦争を肌身で感じたという世代ではない(そもそも、自分の親からして、戦後世代だから、当然だと思える)。

それを的確に示した歌がある。それが、高度経済成長の晩期と言われる昭和45(1970)年に発売された「戦争を知らない子供たち」である。
この当時、ベトナム戦争が泥沼化していた当時、若者たちは、直ぐそこにある戦争と向き合い、反戦運動を展開していた。この当時の日本はその2年前に、小笠原諸島をアメリカから返還してもらい(佐藤栄作内閣{第3次?})、その2年後には沖縄返還(同内閣{4次?})と、日中共同宣言(田中角栄内閣)と、外交面で一層努力した時代だと言われている。

所が、そのころ、アメリカはベトナムに足を取られたまま、動けなかった。ベトミンのゲリラ戦などで、苦戦を強いられていたからである。そのころ日本では、反戦運動が盛んとなり、共産主義に傾倒した若者が、起こしたテロ行為である「連合赤軍事件」も起きている。
また、それを野放しにした反戦運動と反体制運動のエネルギーはすごかったのかもしれない。そのころを歌った「戦争を知らない子供たち」は今も、フォークの代表曲として語り継がれている。

まあ、この中で順調に、経済成長を歩んできた日本に、皮肉にも幕が下ろされてしまう、それが2度のオイルショックである。
まあ、これは、そのまますっ飛ばしてしまうが、ここに至る経済的な話は、別枠で話しておきたい。
日本は、着実に成長を続けているが、今日どうだろうか、皆様もそう思われているかもしれない。

現在、人々の政治の不信感は65年前より、今が深刻ではないだろうか。
現在の民主党政権は、内部分裂寸前にまで追い込まれていると見る人もいるそうだ。だが、はたして、どうなるのか、今、内紛を起こしていいのか、経済は待ったなしで対策をするようにとせかしているのではないだろうか、社会はどうだろうか、人々の心は荒み、児童虐待などの問題は消えることはない。それに、長寿国家と言う称号が偽物と言う可能性も取りざたされている。

はたして、これからの日本は、65年目の夏、今までの歴史から学び取るものはないだろうかと、苦心をするべきではないかと、私は考えてしまう。

皆様は、どう考えますか? 意見をお待ちしております。

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