情報流出の恐怖1 -ウィキリークス問題-

最近、「情報流出」という言葉が、ネットのみならず多くの場所で飛び交っている。
なぜそうなるか、問題を突き詰めて考えてみても、大本の問題にたどり着けないことが多い。

今回問題とするのが、ウィキリークスと呼ばれる告発サイトである。この告発サイトは、2006年にイラク戦争後の掃討作戦で、アメリカ軍兵士が、民間人を誤射したという事件を告発したことで注目を集めた。
だが、今回流出したのは、外交文書などの国家を揺るがしかねない文書が含まれているものばかりである。
だが、ウィキリークス代表のアサンジ氏(現在スウェーデンにて拘束中)は次のように述べている。
「今回流出した文書は、国際社会に特定の国家を告発する上で重要な証拠だ。これからも、人々の知る権利を主張していく」
と。
しかし、人々の知りたい情報が世の中にあふれる世界が果たして正しいのかについて、私の意見だが、それは、間違いだというべきかも知れない。

というのは、情報公開をして、国家間の取引の進捗状況までも知られてしまったら元も子もないからである。
その一例として、日本史の中で、「明治14年の政変」を上げておきたい。
実は、これも情報流出が元で、政治が混乱してしまったという側面を持っている。元は、官営工場を極秘で、五代友厚などの有力な商人たちに売り渡すという取引があったようである。
もともと、極秘にしてしまったことがまずかったのかもしれないが、情報が流出したこと自体も、担当していた官僚の怠慢だったことは否めない。

その見方を応用して、今回の問題を見ていくと、最初にウィキリークスに投稿した人物が、アメリカ軍内にいたことは否めないだろう。「火のないところに、煙は立たぬ」である。
アメリカ政府がアサンジ氏を逮捕しても、アメリカ軍内に情報を流出させてしまう人物がいたり、軍内に体質がはびこっていると考えるべきではなかろうか。

アメリカ政府も外に目を向けるのもよいけれど、身内にも目を向けてみるのがよいのではないだろうか。

皆様はどう考えますか?

この記事へのコメント