第13回 高野山に行く 08(高野山下り4―高野下駅から九度山駅へ―)

本日は2本立てですが、前回は高野下駅までの旅程をお話ししました。続きましては、その高野下駅から九度山駅までと、その帰りという段取りでお話しします。
 
高野下駅で下車してからすぐ、駅舎の古風な感じに魅せられて、
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と言う順番に撮影、さらに裏側に回って、
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戦前の読み方を表示した駅名板を撮影してから、目的地へ出発。ハイキングロードのような路を歩き続けて、15分たったところで、丹生川橋梁が見えてきます。
列車では、数分で通過すると言われており、贅沢な景色だと私ごとですが、感じ取りました。
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画面奥が、橋本・難波側、手前が高野山極楽橋側です。そこを撮影してから数分後、
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同じ場所を難波へと降りていく特急「こうや12号」に出くわし撮影。
そのあと、九度山まで下りていくことになりました。その前に、下古沢駅で31001編成(写真で何度も登場したのですが)と同じく1編成だけと言う車両があるかと言うのを、Sさんと話し初めてみました。関西中心に見ると2社、5種類に上ります。有名なものでは、大阪などを勢力範囲とする近鉄から3種類、地元南海でも3種類、JRを含めて8種類に上るそうです。
近鉄からの3種類は、特急と通勤車両、団体専用車両に各1種、特急では初代ヴィスタカーこと10000系車両、団体専用車両では20000系「楽」、通勤車両ではステンレス車両の3000系があまりにも有名で、地元南海でも当時のデラックスズームカー20001系「2代目こうや」と、今の31000系、他には「りんかん」のみで使用する13000系が1編成で動いているとされております。関西以外では、JR東海の371系や、東日本のE26系客車も1編成しかないので、どうやりくりしているのだろうと口々に語りつくした次第です。
さて、そこから歩いて30分ほどかかり、九度山まで北上したのですが、何とお目当ての真田堂などが、1時間前に閉じている事が判明して、急遽真田古墳に足をのばしました。
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しかし、古墳と言っても、まわりが駐車場のスペースなので、「古墳?」と首をひねるばかり、地元の人に聞いてみると、この場所がその古墳だと言う事で落ち着きました。それで、その場所を後にして九度山駅へ。
 
しかし、時間は午後5時を回っていてかつ、列車は午後5時50分まで待つ事になってしまい。どうする事も出来ず立ち往生、その時間を使って撮影をすることに。
そして、入ってきたのが。
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折り返して来たのか別編成なのか南海2300系です。推測すると、2302編成だと思われます。行き先は高野下駅でした。その車両が待っている列車と言うと、特急「こうや14号」です。
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これを撮影してから、20分後の午後5時50分発の各駅停車に乗車。
午後6時10分ごろに橋本駅に到着しました。
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さて、そこから何度も出て来た31001編成が、首を長くして待っておりました。何とその編成が特急「りんかん12号」で接続することが分かり、それで金剛へと向かう事になりました。
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「またまた、オマエか!」と言われてしまいそうなほど、この編成には縁がありそうです。そして、金剛以降、難波行きの各駅停車で中百舌鳥駅に戻り。
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(これは、堺東駅で撮影しました。)
中百舌鳥から、光明池駅まで和泉中央行きの準急で戻ってまいりました。
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気がつくと、午後7時…。まさしく10時間ほどの日帰り旅でした。お疲れさまでした。

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