タイトル:広州迎撃戦 15

家臣たちの話が、一美の父である武彦の耳にも入っていた。
「一美は、自らを犠牲にしてまで、己の信じる道を貫くと言う事だと思わぬかね。」
と武彦は、家臣たちに漏らす。
確かに、己の信じる道を貫くのは、いかに厳しいのかをそれは一美にも分かっているはずである。それではなく、一美の考えている事は他にあるのではないか、武彦は一美が如何にして、広州を守り抜くか、と言う課題に対する答えを出したのではないかと、そう思い始めていた。
「確かに、一美様は広州側に非がない、と言う事を示す為に、自ら投降しようとしているのではないのでしょうか?」
と、大種光弘と問いを投げかけた。
「大種。それが事実だとすれば、一美はこのまま、投降すると言う事にならぬであろうか…?」
と、口にした。
「武彦様、一美様も一美様なりに、考えを持っているに違いありません。これは、私家臣がとやかく言うよりは、一美様の本人の気持ちが大切ではないでしょうか。」
確かにその通りだ。一美も決して楽に考えていたわけではない。むしろ、考えに考えて下した結論だったのかもしれない。
だから、彼はこう言いたかったのだろう。一美はこの後の事を考えて、自らの力を温存させたのではないか。温存させるためにこのような事をやったのではないのかと。
そうだとしたら、一美の行為は自殺にも近い事になるのでは…。と武彦は考えた。
そして、状況は悪化へと進んでいる。だからと言っても、自分達に希望はあると一美は信じていた。なぜなら、『紅巾』軍の中に自分達の考えと、合致する人材が増えてきた事も背景にあった。
今、一美達の方が、『紅巾』軍より勝っていた事を、証明した形だった。もともとから、『大波』に対しては、形の上では協力してきたのであるが、本当は、この国を変える為に、志を同じくした者たちが集まってきている中で、それを察知した『大波』とて、この問題を如何にして解決するのか、と言った方策がない。これが、彼らの置かれた状況そのものであった。
だからこそ、一美達の方に、多くの国民は期待を寄せていたのかもしれない。それが、現実となるのは、それから3年後の事である。
それまで、『大波』国民が政府に対して改革を求めて、立ちあがると言った行動は、記録には記される事はなかった。

その一美本人は、至って冷静さを保っていた。しかし、どうしようもない恐怖にさいなまれていた。
「私は、考えようもない事を行動に移しているが、これは、私にとっては正しい事だと思い、行動に移している。」
と言葉を切り、
「霞、私の考えに間違いはないだろうか?」
と不安を口にした。だが、興奮した様子もなく、冷静に話す一美に、霞は、
「間違いとは?」
と聞いてきた。霞は、よく一美の所にいて、凛と茜もそばにいる中で、どうすれば、一美を守る事が出来るのか必死に考えていた。
そんな中で、凛と茜は霞とよく話し合っていた。実際に一美を守るのは霞の役目となったのだ。だから、霞と一美は、自らの為すべき事を果たそうと考えていた。
「一美様を守れるあなたが、ずっと、一美様の側にいなければだめよ。私たちは、貴族出身だから、そう言った事に対応ができないから、あなたが、その役目を負わなければならないわ。」
と凛が、まるで子供を諭す母親のように、霞に話した事をかみしめ、反芻する。
「私は、一美様の考えは正しいと思います。ただ、これがどれくらいの影響を及ぼすのか、私には読みとれません。だた、私は一美様が、この難局をどう乗り切るのか…、それは、一美様の考え一つに掛っております。」
と霞は答えた。
それから、一美は真剣に、霞を見た。
「分かった。そなたの言う事は分かった。」
それより、自分の考えを言うのが先だった。
「私は、中華の人々を束ねなければならない。それだけでなく、私は、この国の将来も考える立場にある。だから、彼らを豊かにし、この国の礎とならなければならない。その為には、人々を奮い立たせ、人々を導かねばならない事にもなるだろう。」
一美は、悲しみの目をしながらも、一美が見ている先は、光を放つように見えた。しかも、それを支えていく仲間達もいる。その仲間たちに対して、自らを犠牲にするという、つらい決断をするのである。
「霞、私はつらい決断をする。ここにいる人々を守る為に、弟の穂積も守る為に、私はこの身を神に委ねる。」
それを聞き、霞は言葉が出なくなった。
「……!」
霞の思考が、一時停止し、すぐに頭を振り戻して、一美をじっと見た。
「一美様! その事を言わないでください! 一美様は、この集団を統率する人でいなくてはいけません!」
霞にここまでの気迫があったとは…。一美は霞の本当の姿を見た気がした。
「霞、ありがとう。だけど、私はこの場所を守る為に、ここにいる。それだけではなく、人々の為に、『大波』に投降する事で、多くの命を救う事が出来るのだ。多くの人々の命が大切だと思うなら、この身を相手に預けても、安いもの。さらに、相手も知ることができるからね。」
確かに、『大波』と戦うなら、相手を知らなければ、話にならない。そう感じていた一美は、自ら敵の懐に入ろう、と考えていたのである。涙目になった霞の視界には、一美が何を考えているのかが読み取れた。
「霞…、どうしたの?」
一美は、霞の泣いている姿に驚いた。そのまま、抱きしめて、
「霞も分かるかもしれないけれど、これは、私の決意なの。分かってくれる?」
霞は頷いた。その唇に一美は唇を重ねた。
「かっ、一美様…。」
唇が離れ、霞は一美をしっかり見ていた。その目には涙がこぼれおちていた。一美とて悲しい。しかし、その悲しみに、沈む事がない。
その顔をしている一美は、霞の顔を見て、もう一度唇を重ねた。自分の気持ちを表したかったからだ。
(霞、私は、ここにいるよ。)
と…。
その一美が、人々を守る為、広州を出る。その為に、一美自身がしておかなければならない事は、たくさんあった。
まず、弟の穂積がどう言う反応を示しているのか、それは分からない。だが、彼女達のやろうとしている事が、多くの民を救う、それゆえ、この1人の首くらいくれてやろうと、そう言う覚悟をしていたのである。
他の家臣たちも、その事が気になってくるのだろう。

一方、穂積は一美が話したい事があると言われ、呼び出されていた。しかし、そこには霞と一美がいて、さっきの話だ。これを聞き、穂積は1人、どうするのがよいか考えて結論を出した1人の姉に、誇りを感じ取っていた。同時に、穂積は自分に課せられた事が何か、その結論を出していた。
つまり、一美が不在となった場合は、穂積が責任を持って行動を取る事。それに違いなかった。
しかし、その後で涙をためたままの霞が現れた。その姿を見つつ、彼は、入れ替わりで一美の部屋に入る。
「穂積…、さっきの話を聞いていたの?」
と穂積に質問をした一美。それに、頷く穂積は、何を言いだされるのか分かっていた。
「それなら、話は早いわ。実は、私がいなくなった後の商団を、穂積に支えてくれないかと思って、あなたに来てもらったの…。」
と一美は、口にする言葉をを選びながら、自分がどう言う結論を出したのかを聞いてもらいたかった。
「姉上、霞さんが涙を流していたのは、その事だったのですか。」
確信を突いた穂積の指摘に、一美は涙をためて、頷く。
「それに、あなたに、『龍』を渡したくて…。」
一美は、そのまま、穂積の反応をみた。その穂積は、『龍』と言う言葉に反応し、
「姉さん! それは、姉さんだけに宿った能力ですよ! それを私が受け継ごうと…。」
穂積は言葉をしぶり、考え込んだ。しかし、もともと一美の与えられた能力を、弟の穂積が持っていてもおかしくない。しかし、その兆候が見当たらないのか、彼の中での変化は起こっていない。それゆえ、一美は自分自身の『龍』を穂積に移植しようと考えていたのである。
「姉さん。その覚悟は、私にもあるけれど、その適正がなかったとしたら…。」
どうなるのかと穂積は言いかけて、飲み込んだ。それ以上言うと、一美にはなんだか悪いような気がしたからである。
しかし、一美はそうとは思っていなかった。
「穂積、私も穂積と同じように、そんな不安はある。だけど私は、穂積がそう言った事に耐えられる人だと思うの。」
言葉を切り、穂積の反応を待つ。
「確かに、そう言われるとそうだと思うけど、私は姉さんのように、この『龍』と言うのに耐えられるかどうか。しかも、なんだったけ…、それを宿すには性交渉が必要と聞いているのですが…。」
そう言われ、一美は顔を赤くする。これでは近親相姦と言う罪深い事をやりかねない。一美は、自らの体に力を入れ、何かを取りだすかのように右腹部にを掴んだ。そこから何を取りだすのか…、まるで食い入るように見る穂積。そして、取り出したのは赤く色づいた実のようなもので、丸い。ふとしてみれば、おもちゃのようであるが、それではなさそうだ。
「これは…。」
と穂積が、見た事のない果実を手にして、一美に聞く。
「これは、『龍』の卵よ。」
と一美は、口にした。それに、穂積は目をその卵とやらに、近づけてみていた。何かに取りつかれたような仕草で、これらを見つつ、穂積はそれを、どうするのか一美に聞こうとした。

この記事へのコメント