年末に誕生日を迎えた天皇陛下。

本日の話題は、「歴史もの」からです。
 
本日23日は天皇誕生日です。その天皇誕生日を、今年はある意味で、深刻に受け止める事になるとは…と考える人もいるのかと思います。それは、日本中を襲った災害の数々です。
 
大きく分けても3つの災害が起きております。まず、霧島方面では新燃岳の噴火活動が活発化し、麓の町を火山灰が覆いました。続いて、3月11日には「東日本大震災」に見舞われ、太平洋側の町が、まるで津波で消されるように、破壊され、原発事故も発生し、現在でも復興に向けて、多くの人たちが汗水を流す毎日を送っているそうです。
9月には台風の紀伊半島直撃で、山間部が流される被害をこうむるなど、災害続きの年でもありました。
 
こう言った、災害に見舞われる中で、国家政府よりも象徴として、天皇陛下の行動が注目されるようになったのは、昭和21年に、当時の昭和天皇(迪宮裕仁氏)が「人間宣言」を発表して以来の事です。元々、戦後から今日に至るまで、政治に参加すると言う事はなく、国事行為を内閣の承認を得て、行う君主として、現在に至っているのです。
 
しかし、戦後早期には、天皇制を揺るがす大事件に遭遇します。それは、日本国政府とGHQ(連合国軍総司令部:General Head Quater)との「天皇制」を巡る議論です。
GHQの中でも、アメリカでは第2次大戦中の、アメリカ政府の流すプロパガンダCMで、昭和天皇を悪の枢軸扱いしていた事があり、当時のアメリカ市民の間では、天皇陛下の責任を問う声がしきりに高まっておりました。
 
その中で、GHQの最高司令官であるダグラス・マッカーサー元帥は、異なる見方をしており、天皇制を生かすことがこの国家にとって大切であると考えていたそうです。
結果的にマッカーサー元帥の考えと配慮によって、天皇制は存続したのです。
 
そして、今を考えるに天皇制の意義は、より強まっているのではないかと私には思います。実際に、災害に見舞われた時に、天皇陛下の暖かな言葉を耳にした被災者の方は、その声に耳を傾け、希望を持ったのだと言えるかもしれません。
私はそう考えてしまいます。
 
以上です。
 

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