今夜が最終回「坂の上の雲」、しかし…。その1

本日の話題は、「歴史もの」より、今夜に放送される「坂の上の雲」について、歴史家としての見方から、お話したいと思います。
 
一昨年から合計3部に分けて、放映されている「坂の上の雲」は、原作が司馬遼太郎氏の同名の小説で、連載期間が昭和43年から4年間にわたる大作でした。今回のテレビドラマでは、秋山淳五郎真之を本木正弘さんが、兄の秋山信三郎好古を阿部寛さんが演じております。
さて、今回はタイトルで「しかし…」と付け加えたのですが、実は、ここ最近の研究から、司馬遼太郎氏が調査ミスを犯したのか、それとも、書かなかったのかと言う風に考えさせられる真実に迫ろうと、思います。
今回はその1回目です。物語の概要をおさらいを書いてみます。
 
伊予の松山出身の秋山淳五郎真之は、知り合った正岡昇こと正岡子規とともに、旧制中学を中退し上京します(この時、伯父の援助を受けた子規は、いち早く上京できたのですが、真之は兄の好古のつてを頼って、上京します)。ここで、後に子規の良き友となる夏目金之助(もとは塩原姓を名乗っていたそうです)や、山田微妙(小説家、登場はしませんが)などとの交流を深めます。
しかし、自分のやりたい事が見つからない…。そこで、その事を真之は、兄の好古に相談します。そして、「自分の進む道を行けばよい」とアドバイスを受け、海軍にはいり、日清・日露両戦争を経験することになります。
 
簡単に書くとこう言う事ですが、ここ近年の研究から、特に陸軍の「旅順攻撃」と言う部分と海軍の「日本海海戦」で、事実と異なった部分があると言う事が分かってきました。今回は、陸軍の「旅順攻撃」に注目します。
 
要点を整理すると4点に分かれます。
 
1.陸軍が編集した流通書籍に書かれていた事は、本当だったのか。
2.海軍は、旅順攻撃の中で、どのタイミングで二○三高地を奪取せよと催促したのか。
3.本当にロシア軍への要塞攻撃は、ただ単に、兵士を当てるだけの作戦だったのか。
4.児玉源太郎が、旅順攻撃の指揮を途中で執ったのか。
 
と言う事になります。それぞれ検証してみます。
 
1.陸軍が編集した流通書籍に書かれていた事は本当だったのか。
これについては、一般の庶民に流通した書籍では、大正時代に出版された陸軍大学教官の『機密日露戦史』があります。しかし、この資料の記述が偏っていたことが明らかになって、きました。実際に軍内で保管されていた『明治卅七八年日露戦史』(全十刊)が、その内容を如実に物語りますが、実際に『機密日露戦史』が、長岡外史等の証言が元になっており、『明治卅七八年日露戦史』では、実際の報告書などが元になっているのです。そのために、正式な報告書をもとにした資料を、司馬遼太郎氏は愚書と批判していると言うのです。
しかし、現実に即した報告書が愚書なのか…疑問が残ってしまいます。
 
2.海軍は、旅順攻撃の中で、どのタイミングで二○三高地を奪取せよと催促したのか。
これについて、小説の一文では、「海軍が献策していたのは、『二〇三高地を攻めてもらいたい』ということであった。」と七月の時点で述べています。これは旅順攻撃が始まる八月より一月も前の事です。ところが、実際に要請したのは、攻撃が始まってから四か月が経過した、11月にずれ込みます。それまで、誰も気づいていなかったことになるのです。しかも、これは海軍側の要請ではなく、陸軍が攻撃した時点で気付いたのであり、海軍が催促したのは、旅順そのものの攻略で誤りだと言うのです。
おそらく、この意見が正しいと私は思います。
 
3.本当にロシア軍への要塞攻撃は、ただ単に、兵士を当てるだけの作戦だったのか。
今回の核心部分と言える疑問点ですが、結論を先に申し上げると、間違って書かれていたと考えられます。本当は、兵士を当てる作戦を最初はやっていたのですが、攻撃線を組み立てる中で、井上幾太郎工兵少佐の建言を受け入れ、塹壕戦に切り替えることになるのです。結果的に、地味ではありますが、日本軍第3軍の被害は、第1次攻撃で死傷者15880人を出す被害を出したのですが、第2次攻撃で3830人に激減し、逆に第1次攻撃で1500人の死傷者で防いだロシア軍が、第2次攻撃では4532人の死傷者を出すのです。
このやり方は、正解だったと言う事になります。ここからしても、大将の乃木希典が愚将ではないことが明白です。
 
4.児玉源太郎が、旅順攻撃の指揮を途中で執ったのか。
最後に、残ったこの疑問の答えは、おそらく違うと言えるかどうか分かりません。実際、児玉源太郎はオブザーバーのような役割をしていた可能性はあります。ただ、陣地変換などはできないと判断していたと言う可能性もあります。これは、実際にこの戦線で使用されていた28サンチ大砲が、コンクリートで固めた土台の上に乗っかっており、移動は困難だからです。おそらく攻撃目標の変更のみかもしれません。
 
とにかく、記述と異なる部分が多いと言うのが、結論となります。
実は、海軍編にもありますが、それは、翌日に回します。
 

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