丁度40年前の今頃…。前篇

本日の話題は、「歴史もの」から、本日で事件解決から40年という節目の出来事について、取り上げてみようと思います。

その話とは、あの2月28日に起きた「あさま山荘事件」です。本年で事件解決40年と言う節目の年なのですが、この一件は、初めてテレビ中継で事件での、警視庁を主力とする警察と犯人との息詰まる攻防線を記録したものとなりました。

少し、横道にそれますが、私も10年ほど前に、ビデオで「突入せよ!あさま山荘」と「光の雨」と言う作品を見た事があります。歴史好きの私としても、この事件の社会に与えたインパクトは、大きかったという事を嫌ほど知らされたと感じたものです。

さて、今回の主眼としてあげたいのは、その事件としての「あさま山荘事件」ではなく、この当時の日本と世界についてです。なぜ、そうなるのか、理由は2つあります。一つは、実際に犯人がおこしたテロが、世界の歴史とつながっている事。もう一つは、この後に出てくる「ノンポリ(Non Pol-ticsの略称)学生」との関連について、世界の流れを追っていきたいと考えての事です。

では、その話から始めたいと思います。実を言いますと、今回は分かりやすくやってみるつもりですが、多少分からないところがありましたら修正を加えます。

さて、事件の発生は昭和47(1972)年の2月19日の事です。9日間もの攻防戦となります。犯人は「連合赤軍」と呼ばれる若者グループなのですが、これは、其の3年も前に登場する革命を志した大学生たちの起こした事件と結びつきます。
昭和44(1969)年1月18日と19日に、東京で起きた「東京大学安田講堂占拠事件」と呼ばれる事件が、この事件の事の起こりです。それから3年後の「あさま山荘事件」は、まさに「東京大学安田講堂占拠事件」を過激にさせたと言ってよいものであったと言えます。
そこで、当時の世界はどうかと申しますと、ベトナムではアメリカとベトミンこと、ベトナム民族解放戦線による「ベトナム戦争」が激化しており、とくに枯葉剤(ダイオキシン)散布による奇形児の出産が、後に国際問題化したことで知られておりますが、その激化した頃と重なっておりました(当時の大統領はあの有名なニクソン)。

また、このころの日本の大学では、権威主義的で旧態依然とした大学運営が行われており、大学運営の民主化を求める事態となっておりました。この「東京大学安田講堂占拠事件」の発端は、大学の医学生導入の「インターン」制度(現在では当たり前になっております。)に反対し、医学生を軟禁状態―しいて言えば、人質―にして交渉を続けた事によるものです。

そして、安田講堂を占拠したまま警察と対峙、放水車を浴びせられる学生に対して、学生側は投石などで、応戦すると言う事態になります。この場所に、実は連合赤軍となるメンバーたちが体験していたという可能性があると思われますが、主に、赤軍派のメンバーが参加したというのは事実の様です。
(出典:「共産主義者同盟赤軍派http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E8%BB%8D%E6%B4%BE

しかし、その年に、「東京大学安田講堂占拠事件」は終息に向かうと同時に、学生運動は下火となります。それから2年の後、首相官邸襲撃失敗(正式名称は「大菩薩峠事件」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%8F%A9%E8%96%A9%E5%B3%A0%E4%BA%8B%E4%BB%B6)、よど号ハイジャック(正式には「よど号ハイジャック事件」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%88%E3%81%A9%E5%8F%B7%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6)により幹部の逮捕と、海外亡命によって弱体化したため、連合赤軍(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E5%90%88%E8%B5%A4%E8%BB%8D)を名乗り、自分たちの革命を実行しようと、群馬県の山中に潜伏(場所は榛名山)、そのアジトを知られたために、長野県に越境を行って、軽井沢に逃げ込みます。

どうして彼らは、こういった事を行ったのかと考えるのかもしれませんが、彼らは実際に、世界での戦争が起きると言う「ありそうもない」事を想定し(今は、そうかもしれませんが、この当時はまだ冷戦時代にあった為、この様な事が想定されていたのかもしれません。)、日本が生き残るためには、「共産革命でも起こしてしまうのがよい」と考えたのかもしれません。

では、「あさま山荘事件」はどのようにして終息したのかについてですが。これは容量の関係で後に回します。

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