思い出の「日本海」 Vol.3

本日の話題は、再度「鉄タビ」から、思い出の「日本海」特集第3陣です。

「第3陣です。」と書いてしまいましたが、今回の話は、今から10年前のお話しです。
実は、大学生になった頃の話です。時は、大学1回生の平成14年にさかのぼります。そのころ、私は、祖母がどうなっているのかを母親から聞いていたので、正直心配な部分もありました。

初めて、京都駅からの「日本海1号」に乗り込みました。行き先は函館駅行きと言う列車です。
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参考写真:ED79が連結され発車を待つ函館行き日本海1号(1993年11月) れきてつ氏より拝借。

これに乗って、北に向かっていきます。しかし、午後6時に乗った列車で…秋田の羽後本荘駅には、朝の4時51分着と言う早いスケジュールでした。
さすがに、こんなに早い時刻では、早めに寝なければないのは、当たり前で…。
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(寝台特急「日本海号」青森行き 羽後本荘駅で撮影)

これが、朝の午前4時51分です。そこで、母が待っていました。
その中で、祖母の病状は、悪化の一途をたどっていたようなのです。それを聞き、どうしてそうなったのか、私がいた中で、最後に、大阪にもどるときに、彼女は見送ってくださったのですが、その姿が痛々しく見えております。

それから4年後の、2月11日の建国記念日に、亡くなりました。その時の、話は次回の第4回でお話しします。

以上です。ありがとうございました。