思い出の「日本海」 Vol.5

本日の話題は、「鉄タビ」特集と言う事で、思い出の「日本海」の第5段です。

今回は、国鉄時代にさかのぼってきます。実は、この時、まだ小学校にも入っていない頃の事なので(5歳です)、そのお方が誰だったのかさえ記憶にありませんので、ご了承ください。

舞台は、青森駅始発の寝台特急「日本海2号」大阪駅行きです。ダイヤは、羽後本荘駅を午後8時8分に出発し、大阪駅には午前7時37分に到着すると言うダイヤになっていました。JRになったダイヤでは、羽後本荘駅を5分遅れで出発し、大阪駅には18分も早く着くと言うダイヤに改められており、平成19年のダイヤでは、さらに1分遅れで出発、7時12分に大阪に着くと言うダイヤでした。20年もの間に、25分も短縮していたのですから、時の流れを感じます。

さて、話はその中で、夏に父方と母方の故郷に帰省してから、Uターンで戻ってくるときに、私が「日本海2号」の車内を歩いていた時の事です。ふと、ビジネスマン風の男性の方が、丁度2段ベットのところから、所持していたものかもしれませんが、何かを出してくださいました。
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参考:がらくた(写庫)しゃこ様より寝台特急「日本海」 ~ 国鉄時代から、寝台特急「日本海4号」

確か、京都から新大阪間を走っていたときの事だったと記憶しております。おかしのようなものだったのですが、後で回想して考えると、カロリーメイトのチョコ味だったと記憶しております。なんでこんなものをくれたのか、5歳の私には、分からなかったので、母(同じくこの列車に乗っていたのですが)に、「こんなものを、くれたのだけどどうしよう」と相談したのを覚えています。
結局、そのカロリーメイトを大阪駅のホームで、口にほうばり食したのを記憶しております。

まあ、その男性の方も見つからず。あれから25年という長い年月が過ぎました。結果、誰だったのかも全く分からないので、あの時に誰が乗っていたのか、想像するだけです。
いやいや、出してくれたのではないのかと言うのが、最近私が考えてしまう事です。

まあ、国鉄時代についての話はこれだけです。以上です。
さて、第6回は、寝台特急「日本海1号」に緊急で乗らなければならなかったと言う事態について、お話しします。