思い出の「日本海」 Vol.6

本日の話題は、思い出の「日本海」特集の第6回と言う事で、お話します。

緊急の用事で特急列車に飛び乗らなければならないという経験が皆様にもあると思います。
今回は、その例をお話します。

実際に起きたのは、今からさかのぼる事13年ほど前の話です。大学進学に進む3年も前の事です。その時、母方の祖父が緊急入院を余儀なくされたのです。原因は、心筋梗塞と言う心臓を動かす筋肉に血栓、いわゆる血の塊がが出来て、詰まってしまったという病気を患った事が発端でした。

しかし、母方の祖父は、それでも私に電話で、「元気にしているか?」と声をかけてくださいました。しかし、悲劇は、それだけで済んだのではありませんでした。その血の塊が、突然、別の場所に行くと言う事が起こりうるのです。
しかも、悪い事に母方の祖父に降りかかったのは、自分の思った事を、言葉を使って話せないと言う事態でした。

そんな中、私と母は急遽、寝台特急「日本海1号」に乗り込み、秋田を目指しました。
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参考:「淳也のホームページ」から寝台特急「日本海4号」(編成は1号と同じ)
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参考:ウィキペディアより「日本海」(これが1号の編成そのもの)

それにしても、なぜこんな事になったのか、病を患った本人が言うところによると、2点あったそうです。彼は、実際教員を務めておりました。勿論想像つくと思いますが、教員は、自分の堪能する教科を教える事だけでなく、多くの人の人生も支えており、生徒の進路指導などでストレスがたまると言う事があった為に体を悪くしたと言うのと、本人のストレス発散の為に、たばこをたしなんでいた事が、あったそうなのです。

結果的に、自分の思った事を言葉を使って話せないと言うのは、後で聞いた事によると、言葉を記憶している装置が脳の中にあるのですが、それがうまく機能しないと言う事を意味しておりました。

現在も、彼は元気に過ごしているとの事です。
その代り、先立たれた祖母に線香を上げると言う日々を続けているのだそうです。

では、今回はここまで、次回は最終回。今も、変わらぬ姿を見せていただきたいと言う私自身の思いを、お話します。

以上です。