どっちも、どじょう?

本日の話題は、久しぶりにですが、「歴史もの」からお話をさせていただきます。

昨日となったのですが、ヨーロッパの運命を占うともいえる選挙が2カ国で行われました。1カ国目は、信用不安の発端を招いたギリシャでの、議会による総選挙です。2カ国目が、このブログのタイトルと関係するのですが、フランス共和国の大統領選挙です。
今回、この2カ国の選挙結果に共通するのが、今までの信用不安対策を見直す為に、政権が交代、または崩壊させたという形でくくられると言えます。

その中でも、フランス共和国は、「革命の国」、「デモ活動の盛んな国」とまで言われるほどです。今回は、その部分を歴史の始点から注目してみてみたいと思います。

まず、このブログにお越しになられた方で、フランスのイメージについて質問してみると、こういう答えが返ってくるかと存じます。
「パリは、芸術の都であり、それに国家としては、日本通の国家元首もいた(シラク元大統領は根っからの日本通)。さらに、料理は芸術の域に達しており、且つ、バカンスを楽しむ地域も多い…。」
と言った具合かもしれません。

しかし、首都のパリはそういう美しい風景の町ではありますが、これには、悲しい歴史があります。
宝塚歌劇でも有名となった「ベルサイユのばら」、その舞台となったのが18世紀の終わりを象徴させる1789年のフランス革命です。この革命以降に、ナポレオン独裁が1815年のワーテルロー会戦敗北によって終結するまで、フランスは混乱の時代に突入します。

混乱は1815年以降も続き、第1次帝政時代(1799-1815)以降も、1830年の7月革命、そして普仏戦争以降(1871年以降)の「パリ・コミューン(コミューンは英語ではCommonと表記される)」による混乱により、革命の多い町として知られるようになります。

それで、今回の事についてですが、これも市民革命とでも意識があるフランスでは、実際に声をあげる民衆の力が、大きく作用した結果とも見てとれるのかもしれません。
また、本年から5年間フランス内政と外交を担うオランド新大統領は、就任早々ですが、ドイツを訪問し、関係の強化を図るほか国内政治の立て直し等が課題と言えます。

これからも、ヨーロッパは目が離せない状況なのかもしれません。

以上です。