沖縄の返還で祝いはなし。

本日の話題は、「歴史もの」から、沖縄に横たわる問題をお話します。

今から遡る事40年ほど前、時の内閣総理大臣で、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作氏は、
「沖縄は、本日祖国に復帰いたしました。万歳、万歳……」
(出典:Musashino Rest Gallery-「戦争を語り継ぐ」から「沖縄返還と密約」より)
と宣言したのですが、日本と沖縄の異なる歴史からか、今も差別が続いているという現状が見えてきました。

それに関して、それぞれの歴史から紐解いていきましょう。

元々、琉球と言われた沖縄県は、中華世界の一部として、独立国家の体裁をしており、その中身は、中継貿易国家と言う言われ方をしております。

実は、日本の返還と言うより、沖縄自体が独立を保っていたわけではなく、その琉球の朝貢―貿易相手―としての中国の存在が、彼らの中にはあり、朝貢を取る事で中華世界の一部、簡単にいえば、中国の家来であると言う事を印象付けておりました。

しかし、江戸時代の初期にあたる慶長14(1609)年になって、薩摩藩が突如侵攻、琉球を属藩と言える形にして、承認させます。実は、この背景には、薩摩藩が貿易で外貨を獲得すると言う戦略が隠されておりました。

この結果、明治に入るまで、沖縄の独立は保たれたのですが、実質は、薩摩藩、清国の両方が承認するいびつな国家と言う事になります。当時は国境という概念が育たず、近代に入ってから国境と言う概念が形成されたのです。
その為に、琉球は、薩摩藩の統治から琉球藩を経て、明治5年の琉球処分で日本の国家を形成する一地方となるのです。

しかし、それが太平洋戦争の沖縄戦で、アメリカの統治下におかれる事になり、40年前の本日に日本に戻ってきたのです。

考えてみると、この沖縄と共通するのは韓国の歴史です。つまり、どちらとも大国に挟まれ、沖縄は日本に、韓国等は、独立国となったものの大国のパワーゲームに巻き込まれたと言う事になります。つまり、この苦難の歴史は、戦後の歴史を象徴するものとなっております。

これらの歴史から、私たちが学ぶことは、この沖縄を日本の一員として支援していき、隔てられた溝を埋めていくと言うことそのものです。草の根の交流を始める事によって、多くの人たちを支えていくことであろうと言えます。

少し、言葉少なですが、以上で終わらせていただきます。

追伸:
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