近鉄鉄道祭りのレポート 5.高安駅の会場にいます 2

本日の話題は、2本立てになっております。その2本目も「鉄タビ」から、近鉄鉄道祭りのレポートをお届けします。

結果的にスイル氏のグループに合流した私は、3000系(廃車となった車両)の前で待ち合わせする事になり、その車両を撮影する事になりました。
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この3000系は京都線に使用されていた3両編成運用車両と、地下鉄直通(京都市営交通局烏丸線)との関係から試作された車両です。生まれは昭和53年で、私より4年ほど年上の車両と言う事になります。
本年の2月20日に、廃車解体され余生を過ごされているとのことだそうです。
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この京都行き急行も、運用当時に含まれていたようです(ウィキぺディアの「近鉄3000系電車」からの出展)。
現役時代がこちらですが、オールステンレス車両だったのは、近鉄の車両の中ではこの3000系だけだったと言うのです。
そう言った車両の展示物を撮影し、見るところもないと判断して、急遽五位堂に移動する事を選択しました。
時刻は、午前11時を回っており、高安駅から宇治山田行き急行(宇治山田とは伊勢神宮の外宮の場所を指します上本町から2時間半かかる長距離列車です)に乗り込もうとしたのですが、
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(注:この時は、臨時ダイヤになっていたために、高安に停車する事になったようなのです)

ところが、その矢先に、近鉄の虎の子編成とされる20000系の運転する「楽」がホームに入ると言う噂を聞きつけ、急遽榛原行き区間準急に乗車列車を変更する事になりました。
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実は、スイル氏と合流する前に一度、顔を撮っておいてから移動しようと考えていた節もあったのですが、その車両動く姿も撮影してみようと言うスイル氏の提案で、再びホームに移動して、撮影を試みました。
ところが、その列車はなかなか来ない代わりに、ホームにとんでもない車両が置いてありました。
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クラブツーリズム株式会社(近鉄の子会社)がチャーターした15200系(12200系改造車)の「かぎろひ号」です。

この言葉の意味は2つありまして、一つは「陽炎(かげろう)」、もう一つは「夜明けの光」の意味がある古語です、万葉集の「かぎろひの もゆる荒野に 白たへの 天領巾(これで「あまひれ」と読みます)隠り」(万葉集・210)が前者、後者が、「東(ひむがし)の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ」(万葉集・48)と言う使い方があるそうです(参照:Goo辞書「かぎろひ」より)。

その車両が車庫に入ると同時に、大阪難波からの伊勢志摩ライナーが通過、時刻は11時20分。
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このダイヤから、11時31分に大和高田駅に着く賢島駅行き特急(乙特急)のようで、下にオレンジのラインが引かれた新塗装の23000系がつかわれているようでした。
その列車が通過した後、上りの大阪上本町行き急行(普段は通過)が到着。
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先頭車両が1220系1222編成と後ろが2610系か2800系でした。
まだ、「楽」は来ないまま、時間が過ぎ…。
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大阪上本町行き区間準急(1400系1408編成と2410系)を見送り、列車を待ちました。
そして、11時33分。
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「楽」が2番線に入線し、整理券をもらった人たちを乗せて出発。
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写真の関係で、下までは写すことができませんでした。あしからず。

とそこに、名古屋駅から大阪方面に急ぐ列車が通過、よく見ると大阪難波行き特急(乙特急)でした。
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前が22600系の「新エース」で、後ろが12200系(20番以降)の6両編成でした(カメラを構えたスイル氏が写りこんでおります)。

そうした中で、「楽」は無事に出発、そして、河内国分までお伴をする11時36分発の榛原行き区間準急に乗車し、河内国分駅まで乗り換えて五位堂に向かいました。

その河内国分に向かう列車の中で、2人の女性が、幕の表示などに使われる機器に興味を示しており、その方にその機器の説明をしたところ、時刻表を集めていると言う話を聞き、スイル氏は南海高野線の時刻表(2008年からダイヤ改正を行っていない)等を見せたのですが、私は、台湾時刻表を見せてみました。
そのおふた方も、台湾の時刻表を見るとは思いもよらなかったのか、興奮冷めやらぬ様子で、ページをめくっていたみたいです。
そのおふた方は、高安駅から2駅先の法善寺駅で下車され、私たちは、河内国分まで向かう事になりました。

続いては河内国分から五位堂駅に至り、五位堂会場に足を運びます。
と言う事で以上です。