近鉄鉄道祭りのレポート 10.鶴橋駅での撮影会 1

本日の話題は、「鉄タビ」の近鉄鉄道祭りレポートの第10回目です。

午後3時20分ごろに鶴橋駅に着いた私とスイル氏一行は、鶴橋駅でたんば4号氏と待ち合わせて、
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下りのホームの奈良方面側で撮影を行いました。この鶴橋駅と言うのは、元々、大阪電気軌道株式会社(近鉄の元の会社で奈良線を運営していた事で知られております)が、元々が路面電車ですが、この駅は現在のJR大阪環状線の開業に伴って、300mほど西側に移動して現在にいたっているとのことです。
西側に移っても奈良線と大阪線の駅として2面2線の対向ホーム型の駅で会ったようですが、昭和30(1955)年の大阪上本町(当時の上本町)駅から布施駅までの路線別複々線化及び、奈良線と大阪線の分離工事の完成で、2面4線の現在の姿へ近づき、昭和45(1970)年の近鉄難波・鳥羽・志摩線開業、さらに昭和50(1975)年の大阪線複線化を経て、路線別複々線から、現在の方向別複々線に切り替わると言う歴史を持っております。
ちなみに、近くには有名なコリアタウンが存在し、ホームを出たら焼き肉のにおい(w)と言うのが現実に起こりうる駅として、知られているのです(実際に体験しました)。

では、撮影と言う事で、奈良線から始めます。
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上の写真と、共に紹介するのは1026系1027編成の三宮発奈良行き快速急行です。この編成は阪神線にも対応できるように改良されている6両編成ですが、1026系編成は、一部1020系編成(元ネタがこの車両で、実質4両編成で動くようになっております)から組み替えて、需要に対応した編成と言われております。ちなみに、中間車両を抜かれた編成は1230系に編入されているそうです。
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ちなみに、こちらは阪神難波線の直通シンボルマークで、ご存知の方も多いはず。説明はあえて省略します。
お次は、阪神難波線の直通を意識して、生まれたと言っても過言ではないあの車両から、
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9820系9823編成の三宮行き快速急行です。こちらは、12年前に5820系、9020系、3220系のトリオが登場した後に開発された車両です。1026系とは対照的に、ライト周りがすっきりとしております。
続いては、
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回送のアーバンライナー21000系です。甲特急だと午後3時ごろに到着する列車と思われますが、そのまま東花園車庫に向かいました。
お次は、阪神車両です。
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阪神9000系9003編成尼崎行き区間準急です。この車両が生まれた経緯は、複雑と言うもので、平成7(1995)年の1月17日に起きた阪神淡路大震災により、大きな被害を受けた阪神電鉄が、廃車された車両の穴を埋める為に作られた車両でした。
当初は、梅田から三宮、新開地方面の準急から特急を担当しておりましたが、山陽電鉄との直通化が実現した平成10(1998)年から、直通特急()の運用が行えるようになり、大阪と姫路間を往復しておりました。
その11年後の阪神難波線の開業を見据え、連結器の改造工事を施し、近鉄線にも対応できるようになりました。
ここで、大阪線の列車が登場します。
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大阪上本町から来た回送の、12200系です。
鳥羽方面からの列車だったようです。
続いては、
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23000系の大阪難波行き特急(乙特急の可能性があります)、伊勢志摩ライナーです。編成番号がわかりませんでした。ちなみに旧塗装だったようです。
続いては、
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阪神1000系1002編成東花園行き普通と、
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1400系1405編成と2430系2442編成の高安行き普通です。
こちらは、ほぼ併走と言う形で出発していきました。その先に、伊勢志摩ライナーを後追いするように待っているアーバンライナーの回送列車が止まっております。
その次は、
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名古屋行き特急(乙特急)です。22000系「エース」の4両固定編成と22600系「新エース」で名古屋に向けて旅立って行きました。
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アーバンライナーの回送です。この後、午後4時発の名古屋行き特急(甲特急)で名古屋に向かう運用でしょう。
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ゆっくりと去って行きました。

ここで、容量が切れてきておりますので、「撮影会 2」に移ります。それでは。