3月31日 京阪旧3000系特急引退 ―ありがとう、テレビカー― その7

本日の話題は、「鉄タビ」から京阪旧3000系の引退レポートの第7回目です。

丹波橋駅に到着した小寺班(この呼び名で行かせていただきます)は、さっそく撮影を開始。丹波橋駅の下りホームで、カメラを構える事に、
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2600系の2601編成中之島駅行き普通を撮影後、飛び込んできたのは8000系8004編成の淀屋橋駅行き特急をカメラに収め、旧3000系を撮影するために待機。
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その直後でした。旧3000系が、丹波橋駅に滑り込んできたのです。傍らには三脚を構えたO氏が、おさまっております。
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実は、「2」で、「テレビカー」は4両目付近では銀色(シルバー)塗装をしていると書いてしまったのですが、よく確認すると、7両目と同じ、オレンジに塗り替えられておりました。訂正いたします。申し訳ありませんでした。

そして、偶然に通りかかった営業特急車と並ぶ事に、その京阪旧3000系と並んだのは、出町柳駅行きの特急、8000系8002編成でした。
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再び、その車両を追って、旧3000系の特別列車が出た後、淀駅に向かう事になりました。ここでS氏とO氏と共に、東京からはるばる京都まで来た男性の方が、京都駅を出る列車で帰京する事なり、此処で分かれると言う事になりました。
そして、淀駅に到着すると、O氏の弟君と合流。そして、次のレポートとなります。
そして、淀駅で、撮影を開始。当然のことながら、先頭車両と「テレビカー」に注目が集まります。
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まず、往年の色を取り戻した「テレビカー」。
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さて、先頭車両へ。「あれっ?」と思われた方は、多いかもしれません。
実は、元々旧3000系は「テレビカー」を2両付けていたのです。なぜ、そうなったのか、
京阪電鉄は、6両編成及び7両編成で特急を運転していたころ、
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分かりづらいのですが、赤い丸印を付けたところに、テレビアンテナがあり、そのテレビアンテナを付けた車両が先頭車両を兼ねていたという名残が残っている為です。この編成は分かりづらいのですが3両編成を2本連結した三条駅行き特急だったようです。
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まあ、今では、普通の先頭車両に、この様な張り紙(?)をして、その雰囲気を味わってくださいと言う「お遊び」というものでしょうか。携帯電話でのテレビ視聴、さらにはスマホの普及、家庭テレビの普及など、「テレビカー」登場時とは大きく異なり(「テレビカー」の登場は今をさかのぼる事約60年前の昭和29年からです)、便利になりました。
利便性と効率を追求する現代社会に埋もれてしまった優しさが、そこには同居しているように私には感じたほどでした。
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この番号も、新型編成で活躍しているのですが、この赤色とオレンジの塗り分けは、もう過去のものになってしまいました。
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さあ、追いかけっこはまだ続きます。

続きは「8」に移ります。しばらく、お付き合いください。

という事で、以上です。