女人高野を目指して―室生寺への旅 6―

本日の話題は、「鉄タビ」から女人高野こと室生寺の旅です。

ところで、室生寺は別名が女人高野ですが、真言宗の総本山の高野山こと金剛峯寺も、紀伊山中の中にあり、この室生寺も大台ケ原の近くにあります。自然を修業の場とした弘法大師空海の考えが、反映されていたと言えるかもしれません。
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さてさて、私は日本最少の五重塔から、一気に奥の院まで歩き出しました。時刻は、午後12時を過ぎておりました。
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実は、奥の院は、急峻な山を登る登山の感覚を伴う場所にあるそうです。さらに自然景観を壊さないために、昭和5(1930)年に天然記念物の指定を受け、一帯が国定公園に指定されるほど、大事にされて現在にいたっております。
その記念碑は今でも残っております。
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こちらが、それです。
そこを通り抜ける前に、注意書きが書かれておりました。
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書かれている事によれば、ゴミを捨てない、珍しい野草をとらないなどが管理者の室生寺等から掲示されておりました。
さて、その場所を過ぎて、徐々に山を登り始めると、珍しいものにぶつかりました。
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これは、何かと言うと、工事を請け負った信者の名前だと思われます。実際に、開山は天武天皇9(680)年で、元禄期(江戸時代)の真っただ中にあった元禄11(1698)年に、真言宗の寺院となっております。
おそらく、この石段に刻まれた文字から推定して、元禄期等に行われた手伝い普請(いわゆる公共工事)か、私普請{わたくしぶしん}(民間工事)と言われる工事に従事した信者と言う可能性があります。

そういった事を考えながら、歩き続けて10分ぐらいが経った頃、
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奥の院まであと少しのところまで来ました。

さて、次回は、奥の院の景色と、坂を下ってからのお話をいたします。それでは。