ボークス京都鉄道模型フェスタレポート 03

本日の話題は、「鉄タビ」から、「ボークス京都鉄道模型フェスタレポート」の3回目をお届けします。

さてさて、
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京都駅行きの普通に乗り込んだ私は、京都駅の一つ手前の駅、西大路駅に到着。
そこから会場に入る事にしました。

さて、西大路駅と言うのは、京都市の外周を走る西大路の上に作られた駅です。
そこから、列車を降りると、関西路快速氏とたんば4号氏が合流して、会場に向かいました。会場は、駅を出て、北側に100mほど歩いたところにあります。
ちなみに、京都に在住する人々は、来たに行くのを「上がる」と呼び、南に行くのを「下がる」と呼びます。ここでひとつ、初めてこのブログにお越しの方にちょっとした京都豆知識を、実は、京都街並みにある特徴があります。
それは、何かと言いますと、京都の全体像は、豊臣秀吉の手による町の改造です。
なぜかと言いますと、秀吉が天下統一を成し遂げたのは、西暦1590年、元号では天正18年です。
当時の京都市内、難しく言いますと、洛中はどうなっていたのかと言いますと、実は、この当時上京と下京と言う地区があります。今の上京区と下京区をご想像いただければ…と思います。
そこを2本の縦の通りが結ぶと言う構造をしていたのです。1個のダンベルを立てて、上が上京区、下が下京区としていたとお考えください(これ以外に適当な答えがありませんが)。
それをどうしたのかと言いますと、周りを御土井と呼ばれる城壁で囲むと言う事で、防御性能を高めるだけでなく、洛中と洛外の地域としての区分けをはっきりさせるという効果もあります。
それ以外に、京都は今でも洛北、洛西、洛東、洛中、洛南と言う読み方が定着しているのも、それが理由です。

まあ、歴史の話はここまでにして、会場に入ります。実は、京都は江戸時代に入ると、出版物を取り扱う3大都市のひとつに含まれます。さて、あと2都市はどこなのと、お聞きされるかもしれません。
では、その2都市とは、ひとつが、江戸です。現在の東京です。実は、東京は今も京浜工業地帯の中核を担い且つ、出版業界のメッカでもあります。
もう一つの都市が、大阪です。ここは、現在でも出版のメッカでもあります。
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と言う事で、会場に到着。鉄道会社のブースや、模型関係のブースが並んでおります。
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なんと、京阪1900系がいたのです。模型はたくさんあります。
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Nゲージの運転も多く、これは813系車両ですね。
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続いては、23000系特急伊勢志摩ライナーとE259系(オリジナル?)が並んで走行しております。現実ではあり得ない模型ならではの光景です。
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これは模型ブースの全体の風景です。

さて、此処からは、この3名で、京都駅に出て、とんでもないルートで、大阪難波駅に向かいます。どういったルートで…と思われる方も多いのですが、そこは秘密です。

それでは「04」をお楽しみに…。