関東大震災90年目の真実 下

本日の話題、2本目は「歴史もの」から、「関東大震災90年目の真実」の最終回について記述します。

さて、関東大震災の記事から見えてきたのは、東日本大震災に近い被害に、人々がどう対応したのかということそのものでした。それを、メディアは、さまざまな角度から暴き、学者たちはさまざまな方法を用いて、研究してきました。

そして、関東大震災の研究から見えてきたものがあります。それは…、

関東大震災で動いたプレートはまだの一部にしか過ぎない!!!!

という事実です。

どういうことなのか、実は、関東地方を形成しているユーラシアプレートのひずみは、東京湾一帯では関東大震災によって、ストレスが解放され、地震活動はないと言われておりました。
しかし、東京湾外の房総半島東岸より東側では、関東大震災時は動いていなかったことが明らかになってきました。

通常のスパンで多くの学者が考えていたのは、大規模地震の周期は短い期間で200年、長くて500年とされていたそうです。しかし、現在の規模で200年から500年と考えては計算が合わないという問題が出てきました。
なぜ、この200年から300年という周期が多くの学者で言われていたのかといいますと、2つあります。一つは、海岸の隆起が200年ごと、ないしは500年ごとに繰り返されてきたこと、二つ目は一つ目と関連して、地層の調査により土の質が、200年ないし500年ごとに変わっているという点が、指摘されていたからでした。

しかし、それでは説明できない点が多くで始めたということになります。それは、平成16(2004)年の調査報告からの話です。
(画像:ウィキペディア)
関東大震災は、濃く赤い網で塗られた部分が動いたことによるものですが、それより200年ほど前の元禄16(1703)年に起きた元禄関東地震は千葉県をまたいだ地域が震源域となっており、震源域が、関東大震災より広範囲にわたっている事がわかります。

つまり、赤い網にかかっていない部分は、大正時代には動かなかった断層ということになります。実は、そのプレートの沈み込みが、関東大震災の発生した地点では沈み込みは2センチしかなかったということも判明しております。実は、現時点で6センチ程沈み込んでいる地点が確認されているようなのです。

こんなのってあり、なんて思われる方もいるのですが、可能性はあると地震学者の方々は指摘しております。
しかし、どのようなパターンが起きるのか、それを知ることこそが、今後の地震学に役立つのは間違いないということになります。

また、いつ起こるのか分からない地震にあったときに、いかにして身を守るのか、および、どこに集まるのか…などのことを話し合ってみてください。しかも本日は東日本大震災から2年半の節目、その点、未来の地震、そこから見えてくる2次災害を怖がるのではなく、しっかりと学び、被害を防ぐにはどうするのかを考えることが重要だと言えます。

つまり、オリンピックを開くうえで、そのことを考慮して、都市を造るというのも一つの案といえるかもしれません。

ということで、以上です。