梅田発>嵐山(太秦天神川・京阪三条・出町柳・八瀬遊園経由)>叡山根本中堂行きの旅 11

本日の話題は、2本ありますが、1本目の「鉄タビ」からは梅田駅発の嵐山と叡山の旅をお伝えします。
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さて、比叡山の根本中堂の中に入ったのですが、ここからは撮影禁止と言われているので、ここからは文章で解説していきます。
実は、比叡山延暦寺を紹介する前に、なぜ、比叡山に寺院が建立される理由は何かというと、日本最初の歴史書籍である『古事記』に初めて登場することからも知られているように、山岳信仰が以前から知られていたこと、これが、最初と言われておりますが、東側の麓の坂本の日吉神社は有名とされております。
伝教大師最澄は、宝亀11(781)年に出家し、奈良の東大寺で得度を重ねたのですが、延暦21(803)年に当時の超大国中国「唐」王朝に、留学生(立場では留学僧に当たる)として渡航。そこで最新仏教と言われる天台教を、持ち帰ってきます。しかし、実は14年前に、延暦寺のもととなる寺院があったのです。
実際に、桓武天皇は最澄をこれからの仏教を変えていく改革者と見て、パトロンとなることを選んだのかもしれません。しかし、そののちに登場した弘法大師空海が、高野山に金剛峰寺を建立したという出来事から推定すると、このパトロンとしての期間はわずか10年ほどという短いものと言えたのかもしれません。
日本天台宗の開宗が正式に許可されるのは、延暦24(806)年となります。しかし、比叡山に大乗戒壇と呼ばれれるものが、設置されるのは最澄の死後7日後のことです。
実は、後日談があります。この天台宗は、鎌倉仏教のきっかけを作ったお寺でももあります。
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私の通っていた佛教大学は、この天台宗から別れた系統です。実は、この系統に属するのは、合計6系列にのぼります。
天台宗からは大きく2系統が派生します。その違いは、念仏を唱えるのか、それとも唱えないのかの違いです。
唱える学派は4種類に分けられます。そのうち京都に根を下ろしたのが、浄土宗と浄土真宗で、京都以外では時宗と日蓮宗があります。次に、念仏を唱えない学派は、臨済宗と曹洞宗があります。これも京都に根を下ろしていることが知られております。ちなみに、曹洞宗は永平寺(福井県)が総本山に当たるそうです。
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そして伽藍内を歩き回っているのですが、そろそろ西塔に出てみましょう。
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西塔は比叡山バスターミナルから、約5分走ったところにあります。そこに、西塔があります。

さて、後半を話していきましょう。実は、この後半部分は、権力との戦いとなった時代を生き抜くことになります。
室町幕府六代将軍の足利義教の時代から権力との対立が、激化。
ついに、室町時代の終となる戦国時代に入って、織田信長の「比叡山焼き討ち」などの大火を繰り返します。
徳川政権では天海僧都が登場しました。その後、現在に至って、比叡山に拠点は戻ったものの、その影響力は高い方です。
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ただ、西塔はこれだけではなさそうです、それでは、「12」は、中身と、坂本の街を訪ねます。

と言う事で、「12」に入ります。