紅葉の奈良へ 晩秋大和路旅 06

本日の話題は、2本あります。最初の記事は「鉄タビ」から、「紅葉の奈良へ 晩秋大和路旅」の6回目をお届けします。

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「海龍王寺」から南西に歩いて900m、「法華寺」というお寺にやってきました。
今まで紹介した「海龍王寺」と共に、この「法華寺」は奈良時代を代表するお寺でもあります。
実は、古代史を勉強している方も、必見かもしれません。その理由は、このお寺が、古代日本の法令と強く結びついているからと言われております。
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時期は天平13(741)年、聖武帝が発布した詔がきっかけです。詔は法律とは少し意味合いが違いますが、現在に置き換えると、政府が出す法令に近いと考えて頂ければよろしいかと思います。
その中に「国分寺・国分尼寺建立」の詔と呼ばれるものがあります。これによって規定されたのが、地方直営するお寺を2箇所建てよということで、現在の東京都に国分寺市が残っているのですが、これは当時の「武蔵」国、現在で置換えますと、「武蔵」府のようなものかもしれませんが、そこにあった武蔵国分寺にちなんだことによるものだとされているそうです。
少し、寄り道しましたが、その国分寺の総本山はどこにあったのかといいますと奈良県の観光名所の一つで、観光ルートにも入るあの「東大寺」。しかし、国分尼寺の総本山がどこかといいますと、今回紹介する「法華寺」となります。
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「法華寺」、正式名称「法華滅罪寺」は養老4(720)年の藤原不比等の没後、光明子が相続し皇后宮として使用しておりました。天平17(745)年に宮寺として発展させたのがこの寺の起源ですが、実際に「法華寺」という名称が記録で確認されるのは、2年後の天平19(747)年まで待つことになります。
ここで、疑問に思う方もいるかもしれません。

「『国分寺・国分尼寺建立の詔』が今の説明だと、『法華寺』の記録から遡ること6年前…、これでは、勅と、寺院建立の年号が合わないのでは?」

たしかに、その通りです。光明皇后の発案によるこのお寺は、伽藍完成に相当時間が掛かり6年以上もの歳月をかけていたことがあり得ると言われております。その証拠として、天平宝字6(762)年(詔発布から21年後)の「作金堂所解(さくこんどうしょげ)」及び「造金堂所解案」という文書(もんじょ)からは、金堂の完成に時間がかかっていると記されており、伽藍完成は詔発布から41年後に当たる延暦元年。つまり西暦782年に、完成したとなっております。
その証拠としては、造法華寺司という役所が廃止されているのが、同じ時期に当たるためだと言われております。
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ただ、その2年後には長岡京(現在の京都府長岡京市)に遷都が決まり、不遇の時代が続くことになるというのです。
巨大な寺院だったことが、発掘調査から判明するのですが、遷都後は徐々に規模が縮小され、平安時代末には治承4(1180)年の南都炎上のあと、鎌倉時代に2度再建されます。
しかし、明応8(1499)年と永正3(1506)年の2度の兵火、さらには慶長元(1596)年の慶長伏見地震により被害を受け、さらに宝永4(1707)年の宝永南海地震では、創建時から残っていた東塔も倒壊し、現在の建物は慶長6(1601)年再建されたものが多いのが特徴です。
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さらに、明治に至ると「廃仏毀釈」が横行した時代に関しての記録はありませんが、被害を受けた可能性は高いと考えられます。
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さて、その中で紅葉をする木々たちを見ながらも、私たちは伽藍内を周り風景を見ていました。
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注釈を忘れておりましたが、このお寺は、鎌倉時代から「真言律宗」(実は「海龍王寺」と同じ宗派)に属していました。ところが、創建時の宗派はどこにも属していないということから、平成11(1999)年に「光明宗」に宗派を改めたようなのです。
そのために、国宝十一面観音像は、平安時代に彫られたもので、モデルが当時の光明皇后(本当にモデルだったのか疑問がありますが)だと言われております。
(wikiより)
保存状態が良く、「生身の観音を拝みたければ日本の光明皇后を拝めばよい」という『興福寺濫觴記(らんしょうき)』の逸話を反映した作品としていたとされております。

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その十一面観音が収められている本堂では、『平家物語』に出てくる横笛の像などがあり、仏塔なども見えておりまして、まさに光明皇后を宗祖とした寺院として慕われてきた証なのかもしれません。
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まあ、紅葉の美しさと、寺の徳の高さ。それを見守る十一面観音の姿は、この「やまとは、くにのまほろば」という言葉が合うほどの場所と言えるかもしれません。
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と言うことで、次回は「07」と言うことで、奈良市内に一旦戻り、「唐招提寺」と「薬師寺」に向かいます。そのあいだのエピソードを少し、お話する「幕間」もありますので、お楽しみに。

それでは。