18400系ラストラン! ―40年を駆け抜けたある車両の生涯― 05

本日の話題は、2本あります。最初の記事は、「鉄タビ」から「18400系ラストラン! ー40年を駆け抜けたある車両の生涯ー」の第5回です。

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さて、大和八木駅で待機することになった私ですが、たんば4号氏からメールをもらい、しばらく、大和八木駅で待機することになりました。

では、一昨日から続く説明に移りましょう。時は、昭和39(1964)年10月1日の新幹線開業後に移ります。
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新幹線の開業で、名阪甲特急は低迷の時代に入ったのですが、近鉄の首脳陣はジリ貧になるのは目に見えていると判断して、新たな作を打ちます。それが、

「新幹線に取られたといっても、ほかの路線で新幹線と接続させて、お客様を確保できる系統を作ろう!」

というものだったのです。つまり、新幹線と接続できる路線を探して、そこに特急列車を走らせ、観光地を盛り上げようという発想です。その路線は4路線ありました。1路線が既存をそのまま活用して、使えるのがあったのと、3路線を新しい企画で作ろうと考えていたのです。
既存1路線は、名伊特急の名古屋駅から宇治山田駅までという事になります。そして新規3路線はどこから持ってくるのかが問題となりました(上の画像は2610系2616編成大阪上本町駅行き区間準急)。
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その候補として浮上してきたのが、大阪阿倍野橋駅から吉野駅に抜けるルートの開拓でした。吉野及び奈良方面には以前から休日に旧型車両を使った特急が走っていたという実績が有り(料金徴収しない)、吉野には近くに飛鳥、橿原、桜井及び三輪、長谷、室生などを含む観光フィールドが広いことも特徴に有り、それを有効に使えると判断した結果、翌昭和40(1965)年の吉野線特急を皮切りに、昭和41(1966)年の京橿特急、京奈特急の登場へとつなげます(上の画像は21000系名古屋駅行き特急(甲特急))。実は、吉野線特急と京橿特急はセット扱いとなっていて、橿原神宮前駅で、吉野線特急に接続するダイヤが当時から設定されており、車両が変わった現在でも、その扱いは変わりません。
ちなみに、スイル氏のブログ(「スイルの日記」)で、「10/06 近鉄16000系Y05の現況」に出てきた16000系のデビューが、ちょうどこの年です。
しかし、京橿特急に使用された車両は、新型車両とは程遠い性能を持つ車両にとどめていたのです。
可愛いマッチ箱のような特急車両ですが、もともとは、自由席特急として活躍していた「奈良電」時代からの所属で、それを活かして、この運用についたのです。
実は、近鉄には編入路線も多いことが知られておりますが、この路線は近鉄の編入路線の経歴と少し異なる部分があります。どういうことなのか…。そこでご登場いただくのが…。
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この鉄道会社です(ーお呼びで?ー)。この色からお分かりですよね…って、右端に会社名が(ーー;>、そうです「京阪電鉄」です。
実は、京阪電鉄と近鉄は共同出資で起こした合弁会社こそ、「奈良電鉄」。そして、そのエースが、
この680系ことデハボ1000系でした。
こういういきさつから、旧型車両を使用した特急編成が走り出したのはいいものの、急ごしらえであったために、車両の増備が早くから求められるようになってきました。
他方、大阪線を走る列車では、ビスタカーだけに頼るのではなく、乗客の乗り降りを考慮した「エースカー」の登場により、主要市町村と大都市圏を結ぶ乙特急の需要が拡大したのですが、名阪甲特急でもその流れを受けて、軽食ケイタリングサービスを元にした「スナックカー」が昭和42(1967)年に登場するなど、模索が続けられておりました。
当然のことながら、この頃の近鉄の首脳陣は、観光二大都市京都と奈良を結ぶ列車の成功、京都と橿原市を結ぶ列車の成功を受けて、既存の大阪線と京都線から橿原線を直結させ、直接伊勢を結ぶ列車の運転を画策するようになってくるのです。
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そして、そのために開発したのが、複電圧方式京橿路線対応特殊特急車両18200系(前の2両)です。
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しかし、18200系が近鉄特急の立役者となった大きな理由は、京都駅からの乗客キャパの関係があります。京都は山陰、北陸地域をカバーできる上、大観光都市としてのブランドもあります(23000系賢島駅行き特急(乙特急))。それに複電圧としたのは、600Vと1500Vを2種類を使いますが、600Vは京都、奈良、橿原線で使用されていることを考慮し、1500Vの大阪線とは対応できません。3路線を走るようにさせるにはどうするのか、という難題を解決するために作ったのが18200系が出来上がったのです。
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そして、そのことから、京都と宇治山田を結ぶ特急として活躍を始めた18200系の後継者こそ、18400系の生産につながります。それには12200系の登場を待たなければなりません。
「06」ではその話をします(上の画像は41型はかるくん)。

それでは…。