18400系ラストラン! ―40年を駆け抜けたある車両の生涯― 07

本日の話題は、2本あります。最初の記事は、「鉄タビ」から「18400系ラストラン! ―40年を駆け抜けたある車両の生涯―」の第7回です。

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さて、解説もそろそろ、昭和45年以降を話に入っているのですが、期待をかけられて登場した12200系と18400系ですが、その翌年に当たる昭和46年、とんでもない事故に巻き込まれます(上の画像は、1230系1244編成を先頭とする橿原神宮前駅行き急行)。
昭和46(1971)年10月25日、大阪上本町駅を出てきた名古屋駅行き特急(乙特急)が、午後3時37分頃に、三重県の青山町駅を過ぎた東青山駅で非常停止のATSがご作動してしまい、強制開放したところ…、列車自体が暴走、上り列車の12200系、ヴィスタカー2世こと10100系と18200系で構成された7両編成の京都駅及び大阪難波駅行き特急(賢島駅先発)と正面衝突を起こし、2両が脱線し死者25名、負傷者227名を出す惨事となってしまったのです。
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結果的に名古屋駅行きの12000系先頭車両12001編成、あとについていた12202編成が廃車となったのです。それによって、近鉄特急の中でも名阪特急は、再起不能にまで陥らされたのです。
また、18400系の方にも受難がありました。12200系の入れなかった京都線と橿原線の車両限界を広げ、どこでも入選できるように改良されたそうです。
だから、上の画像のとおり12200系特急車両が入るようになりました。ちなみに12237編成京都駅行き特急です。
実は、橿原線の車両限界の拡張が行われていないために、「つなぎ」の目的で製造されていたので、当然全線対応となります。全線対応になったのは、12200系だけでなく10100系、12000系、10400系、11400系も入選可能となったのです。
当然のことながら、18400系だけでなく18200系の活躍の場は、徐々に狭くなっていきます。
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これは名古屋駅行きの名阪特急として運用している18200系です。つまり、この運用を開始から18200系と18400系はこの運用に入っています。
だから、これからどうするのか、18400系などはどうなっていくのか、それは「08」に…、続きます。

私は、橿原神宮前駅で、たんば4号氏を拾って、大和八木駅で大阪難波駅先発の賢島駅行き特急(乙特急)に乗り換え、
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伊賀神戸駅に向かいます。
そのあとはどうなるのか、お楽しみに。

それでは…。「08」に移ります。