歴史シリーズ 近代技術の波 01 「0は永遠なり。(1)」

本日の話題の2本目は、久しぶりですが、「歴史もの」を担当させていただきます。

本屋さんに、たいていの方は立ち寄られると思いますが、そこで今話題の小説「永遠のゼロ」が、宣伝されているのを見たことがある方いますよね。
また、「風立ちぬ」でも、エンディングで、出てきたのが零戦、正式名称は「零式艦上戦闘機」と呼ばれる戦闘機です。

実際には、20mm機関砲を両翼に各2艇装備し、燃料タンクはマウント構造による武装などの装備ができるのですが、この飛行機はどうやって作られたのか、それを探るのが、今回の記事です。

もともと、1920年代から国産エンジンを搭載した戦闘機の開発を行い、世界水準に追いつけ追い越せの競争を繰り広げておりました。そんな中、三菱工業と中島飛行機の2社が、日本国内ではトップクラスを誇り、戦前の軍用機はこの2社で作られておりました。
実際に、アメリカ軍から「ジーク」と呼ばれたこの戦闘機、設計者は堀越二郎(映画『風立ちぬ』の主人公で、映画では「96式艦上戦闘機」の開発までを描いております)です。
それで、この戦闘機にとって、何が革新的だったのかといいます前に、「零式艦上戦闘機」の先輩機体に当たる「96式艦上戦闘機」についての話から入りましょう。

「96式艦上戦闘機」は、試作機が別にありました。「9式単座戦闘機」と呼ばれた戦闘機です。実は、試作機の中で、試験を繰り返した形式です。
このエンジンの大きな戦闘機ですが、名称から「単座戦闘機」とあるように、一人乗りの機体でした。実は、この戦闘機にはエンジン出力上げるだけでなく、なめらかなV字が描かれかつ、船、橋梁に採用される枕頭鋲(簡単に言うとリベット)を航空機で初めて採用した機体とされております。
また、格闘性能(ここでの格闘性のは、例えば敵機の後ろにつき、機関砲で機体自体に射撃を加えるか、肉薄させてコクピットを狙うかを指しております)。
しかし、エンジン出力だけでなく、その性能を元に高く評価された「96式」は、陸軍型として改良された「97式」と共に昭和15(1940)年以前から、ノモンハン事件と日中戦争で活躍しております。
実は、このブログで、ノモンハン事件を扱った記事を書きましたが、その時に旧ソ連の主力戦闘機を撃破し、大損害を与えたたえ役者が「97式」でした(詳しくは「歴史のタブーに迫る」シリーズ「第5回:戦争では勝利、外交では敗北? ー日ソ最大の謎、ノモンハン事件の真相ー」にて…)。

でも、結果的にどう違ったのか…「02」でその続きについて、解説していきます。
(参照:ウィキペディア「零戦」「96式」「97式」「堀越二郎」より出典{なお、補足資料は02にて公開します})