18400系ラストラン! ―40年を駆け抜けたある車両の生涯― 24

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ーさて、この記事もあと少しですが、本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から「18400系ラストラン! ー40年を駆け抜けたある車両の生涯ー」の24回目です。ー
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ーさて、近鉄で運用されていた団体列車は、たくさんありました。しかし、私はその道をひたすら歩んできたのですが…。ー
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ーそれより、ひとつ気になるのですが、老朽化だけで、廃車されるというのでしょうか?ー
イメージ 4ーその疑問は、ありますね。だいぶ走ることができる車両は、たくさんありますが、しかし、どうして、特急車両が余ってしまったのか、その理由は二つ、少子高齢化と、不況です。ー
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ーということは、平成2(1990)年のバブル崩壊からですか?ー
イメージ 4ーそれが違うのだよ。実際には平成4(1992)年が、不況の始まりだといえるのですが、それからが大変なことになっていくのです。実際に特急は平成7(1995)年当時、1日約100万人が利用していたと言われております。売上は319億円に登ったのです。ー
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ーさ、さ、さんびゃくじゅうきゅうおくえん!!!!!!!!ー
イメージ 4ーだからといって、それが、ピークというわけではないのですが…。実際に、22000系から22600系までの車両を制作するまで、15年もの歳月がかかっていたということになります。それだと思います。ー
イメージ 6ーつまり、それがあったとしたら、特急車両を増備しなかったのは、高速バスの普及ですか?ー
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ーその通りだよ。だからといって、実際には列車の増減が起きて、名門でありながら、時代の波に飲まれ、系統分離させられた例もあります。ー
イメージ 7ーそんなことが、あっていいのですか? まさに、伊勢と京都は観光都市でしょう!ー
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ー答えは、違う。実際に言うと、伊勢は伊勢志摩スペイン村の経営悪化で、危ないことになっていたのです。そのために、京都と奈良、橿原神宮から吉野の方面を、伊勢方面は大阪と、名古屋からの路線で対応すると言う形に変わったのです。ー
イメージ 8ー悲しいですね。これでは、近鉄は柔軟に対応していると思いますが、これが近鉄の抱えている問題ですね。ー
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ーそうですね。それでは、ここで「25」に移りましょう。ー