桜咲く? 吉野のめぐる初詣タビ 24

(N)さて、本日の最初の記事は「鉄タビ(臨時便)」より始めます。タイトルは、「桜咲く? 吉野のめぐる初詣タビ」の24回です。
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(Kt16602F)まあ、案内人の話でもありますが、ナレーターさんは、橿原神宮に行ってきましたよね。
(N)では始めますね。1月30日、小雨が降る日に和泉中央駅のコンコースで、私は、友人を待っておりました。名前もイニシャルもないので、見分けが付かないために、マスコットとして、「しまかぜ」さんとしておきます。
イメージ 2彼女と合流し、和泉中央駅を午前8時50分に出た後、普通で途中の中百舌鳥駅から地下鉄を乗り継ぎます。その時の車両が、「ローレル賞」を受賞した。
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あの車両です。
イメージ 4(Kt6625F)あの車両といえば、確か「ポールスター」ですか?
(N)そうですね。あの車両ですね。北大阪急行8000系ですね。10両編成の車両ですが、この車両も17年ほど走っている古株ですね。
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この車両で、20分ほどで天王寺駅に到着することになります。つまり9時20分台後半に天王寺駅にいるということになるのです。さて、天王寺駅と大阪阿倍野橋駅の名称の由来について、述べてみます。
天王寺の由来というのは、「四天王寺」に由来してきます。四天王寺の寺院起源は、聖徳太子の時代にまでさかのぼる寺院だとされております。
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さて、寺院自体が、「聖徳太子のころ」というようにしたのには、理由があります。
さかのぼること1500年ほど前、用明天皇2(587)年のことで、崇仏派の蘇我氏と、排仏派の物部氏の間に武力闘争が発生したに起因しております。ところが、これには諸説があり近年の研究では、蘇我氏の率いる渡来人勢力対、物部氏の率いる渡来人勢力の争いとなった可能性があるとされており、その合戦の蘇我派の勝利によって、6年後の推古元(593)年、「四天王寺」を建立したということになるのです。しかし、これに対して異説を唱える学者もいます。
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(Kt1029F)どういうことですか?
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(N)つまり真相が真逆で位置も、現在地ではなく摂津の玉造に伽藍が造営されていき、推古元(593)年に現在地に造営されていきます。それに、建立の動機も、丁未の乱で敗死した物部守屋とその一族の霊を鎮めるためと解釈されているのです。
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(Kt6625F)それでは、どちらも可能性はあるということですか?
(N)そうですね。ちなみに、荒陵の地に本格的な伽藍建築が造営されたのだとされる。また、現四天王寺には守屋祠(聖徳太子の月命日22日に公開。物部守屋、弓削小連、中臣勝海を祀る)があります。さて、寺の伝説には守屋が四天王寺をキツツキになって荒らしまわり、それを聖徳太子が白鷹となって退治したとの縁起がのこっており 守屋らの社を見下ろす伽藍の欄干に太子の鷹の止まり木が設置されているなどから、御陵社の意味合いを推察する向きもあります。
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(Hk1000F)そうだったのですね。気になっていたのですが、天王寺のいわれはそういうことだったのですね。それでは、阿倍野橋はどういう?
(N)実は、阿倍野橋は、阿倍野王子神社という名称からとされておりますが、これは、神社から北側に500メートルほど離れているのです。
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(Hn505)阿倍野王子神社は阪堺上町線の「東天下茶屋」駅でいけますよ。
(N)確かに、そうですね。前座で大分食いましたが、旅の再開です。さて、ここから、大阪阿倍野橋駅から橿原神宮前駅まで急行に乗り込みます。さて、今回の担当編成は…、その前に、
イメージ 1116000系2両最短編成の橿原神宮前駅行き特急がいたのですが…。それに乗りません。撮影だけです。ちなみに、休日ダイヤでは、
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「さくらライナー」が担当する吉野駅行き特急となります。
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そして、今回乗っていく吉野駅行き急行ですが、なんと6020系6051編成のラビットカーラッピングです。偶然が重なったので、驚いてあいた口がふさがらなくなってしまいました。
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(Kt16602F)オーバーな…。ということで、「25」回をお楽しみに。それでは。