桜咲く? 吉野のめぐる初詣タビ 29

(N)さて、本日の話題は、2本あります。最初の記事は「鉄タビ(臨時便)」より始めます。タイトルは、「桜咲く? 吉野のめぐる初詣タビ」の29回です。

続いて、私たちは、次の場所を訪れるために歩き出しました。結果的に深田池で野鳥を見た後、
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久米寺に向かうことになりました。
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(Kt16602F)本当にお寺ですよね? まさかお寺の石碑があったという話では、ないでしょうね?
(N)本当にお寺がありますよ。大丈夫です。まあ、そんなことで、お話を進めます。私たちは、その中に入ったのですが、
イメージ 6これだけですので、本堂は、ウィキペディアなどの画像を用います。しかし、この久米寺はどういうお寺なのでしょうか、奈良県橿原市久米町にある真言宗御室派の寺院として、創建されたのですが、創建年代が不明となっております。
イメージ 2(Kt6051F)えっ、不明ですか…?
(N)実は、開基は聖徳太子の弟・来目皇子(くめのみこ)とも久米仙人とも伝えられているのですが、その開祖自体も不明で、娘のふくらはぎに見とれて空から落ちたという久米仙人の伝説が残っていることで知られております。
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(Kt6051F)面白い話ですね。それより、なんで仙人なのでしょうね?
(N)実は、この話にはこのような裏があります。久米仙人の伝説は、フィクションになります。
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(Kt16602F)ふぃ、フィクション!
(N)それが、『和州久米寺流記』には来目皇子の開基として伝えます。そのフィクションといわれる書籍は、『扶桑略記』『七大寺巡礼私記』などは当寺を久米仙人と結び付けています。その背景にはいったい何があったのか、ヤマト政権で軍事部門を担当していた部民の久米部の氏寺として創建されたとする説が有力であったとされております。
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(Kt16602F)面白いですね。しかし、境内にある古い塔の礎石から、創建年代が奈良時代にさかのぼることが明らかですよね。
イメージ 7(N)その通りです。境内から出土する瓦の様式から見ても、創建は奈良時代前期にさかのぼるといわれております。空海はこの寺の塔において真言宗の根本経典の1つである『大日経』を感得(発見)したとされております。
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さらに、空海が撰文した「益田池碑銘并序」(ますだいけひめいならびにじょ)には、「来眼精舎」(くめしょうじゃ)として言及されており、空海とも関係があったとされております。また、創建に関しての話ですが、明日香村奥山に「奥山久米寺跡」があり、この寺についても来目皇子創建とする伝承があるそうです。
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(Kt16602F)来目皇子が創建者ということになるのですよね?
(N)そうなると思いますが、断定はできないと思います。
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(Kt6051F)しかし、仙人の話は、主な古典作品でも出てくるのですよね?
(N)ええ、久米仙人による開基伝承は『扶桑略記』『七大寺巡礼私記』などのほか、『今昔物語集』巻十二本朝仏法部にも収録され、『徒然草』にも言及されています。
吉野・龍門寺の久米仙人は仙術で空を飛べるようになったが、ある日空を飛んでいる時、川で洗濯をしている女のふくらはぎに見とれて法力を失い、地上に落ちてしまったことから始まります。
久米仙人はその女とめでたく結婚。その後は普通の俗人として暮らしていた。その後、時の天皇が遷都を行うことになり、俗人に戻った久米仙人は遷都のための工事に携わる労働者として雇われ、材木を運んだりしておりました。
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ある日仕事仲間から「お前も仙人なら、仙術を使って材木など一気に運んでしまったらどうだ」とからかわれた。一念発起した久米仙人は7日7晩祈り続けた後、仙力を回復して仙術で、山にあった材木が次々と空へ飛び上がり、新都へと飛んで行った。これを喜んだ天皇は久米仙人に免田30町を与え、これによって建てたのが久米寺であるという話だそうです。
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(Kt16602F)もしかして、その「新都」が「藤原京」ということでしょうか?
(N)そういう考え方もできますが、それは難しいと思いますよ。
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(Kt16602F)しかし、それだけでしょうか、本格的な都って言えば「藤原京」ですよね?
(N)しかし、考えてみると都ではなく、「宮」の意味かもしれませんし、久米仙人の設定年代が、天平年間ということになります。…ということは、奈良時代ですし、「藤原京」は当てはまりません。
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(Kt16602F)では?
(N)この時代に行幸を繰り返したのが、聖武天皇ですよね。ということは…。つまり、「新都」の意味は「恭仁京」か「紫香楽宮」になっていきます。ということは、その二つの関係に、もうひとつは…、奈良観光の目玉も関係してきます。
イメージ 3(Kt1029F)大仏ですね。
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(Kt16602F)そうか! 大仏造営の詔は墾田永年私財法の布告と同じ年ですね。
(N)そうです。天平年間と合致します。しかし、それがフィクションという理由は、山にあった材木が次々と空へ飛び上がり、新都へと飛んで行った。という部分があり得ないということになるからです。
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(Kt16602F)確かに、そうですね。ある意味、「マンガ」ですよね…(w)。
(N)そういうことですね。確かに、久米仙人を描いたフィクションというのは、ヒーローと重なる部分があると思いますよ。第一、特殊能力を持つというのは、人々の憧れですからね…。
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さて、その久米寺には、境内には京都の仁和寺から移建された禅宗の影響が見られる多宝塔(重要文化財)もあるわけですが、本尊の薬師如来坐像、久米仙人像などもあります。しかし、久米仙人の石像は見ることができたのですが、さすがに本尊の全体像は見ることができませんでした。さらに、ユキヤナギ、ツツジ、アジサイの美しいお寺でもありますが、これは、春の時期になると思います。
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(Kt16602F)それで、次はどちらに?
(N)いったん昼食を食べてから、大和茶を買いに行ってきました。
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(Kt16602F)大和茶といえば…、映画で出てきたあの茶畑のお茶ですね。
(N)そうです、次は、その「大和茶」について解説していきます。
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(Kt16602F)それでは、次回「30」をお楽しみに。